【ディレクターインタビュー】加害と被害、絶望の果てに見えた一筋の光

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36人が死亡、32人が重軽傷という戦後最悪の犠牲者を出した京都アニメーション放火殺人事件。加害者・青葉被告は全身にやけどを負って、生死を彷徨っていた。そんな彼を生き延びさせたやけどの治療スペシャリスト・上田敬博教授と29年前に全身やけどを負った女性に焦点を当てたドキュメンタリー番組 関西テレビ  ザ・ドキュメント『猛火の先に〜京アニ事件と火を放たれた女性の29年〜』が9月1日(金)(深夜1:25〜2:25)に放送される。ナレーションを務めるのは俳優・伊藤淳史さん。

「僕なんか、底辺の中の低の人間、生きる価値などない。」と言い放った青葉被告。彼に向き合い続けた上田教授の青葉被告の受け入れ時から現在に至るまでの胸の内が映し出される。また、京アニ事件の報道に接し心を痛める人も。長崎県に住む岡本真寿美さんは、29年前、同僚に交際を迫っていた男にガソリンをかけられ火をつけられた。全身の9割にやけどを負い、皮膚移植など29回にもわたる手術に耐え、いまも治療を続けているが全て自己負担だという。そこから浮かび上がる犯罪被害者の苛烈な状況、日本の課題とは── 。事件から4年「遺族や被害者のために何ができるのか」社会に訴え、1人でも多くの方と考えたいという制作陣の想いが込められている。

放送に先立ち、番組ディレクターの原 佑輔さんにインタビューを実施した。事件当初、京都支局長だった原さんは事件現場を見て、凄惨で例えようのない絶望の中、現地で立ち尽くしたという。そして取材をしていく中で、青葉被告の主治医・上田敬博さんと出会い、3年半かけて遺族や上田教授ら関係者のもとを訪れ取材している。これまで上田教授の意図と違ったことを他のマスメディアが伝えてきたとのこともあり、“できるだけ正確に伝える”ということに注力し、犯罪被害者の岡本さんについても、真摯に向き合い、彼女の現状を丁寧に取材した。原ディレクターが番組を通して伝えたいこととは。

青葉被告

番組ディレクター・原佑輔さんインタビュー

── 4年前、初めて現地に行った時に受けた印象を教えてください。

取材指揮・原稿の取りまとめをしていたため、初めて事件現場に行ったのは事件から一週間後の夜中でした。これまでの取材の経験からも、一つの場所で30人を超える人が亡くなった現実は理解の範疇を越えていて、暗闇の中で呆然と立ち尽くしたことを鮮明に覚えています。これは被害者の身元公表の時のことですが、メディアスクラムを起こさないように、テレビ・新聞の代表社がご遺族に意向を確認するという取り組みを行いました。ご遺族の思いはそれぞれで、悲しみを吐露したい人もいれば、話したくないと思う人もいます。私と地元紙の担当記者が主導してこの取り組みを行いましたが、最初の時点でメディアとの関係がこじれなかったこともあり、いまでも取材に答えてくださるご遺族がいることは大変ありがたいです。また、各社が長期的な視点に立って同じ方向を向けたことが、メディアの取材の在り方にも一石を投じられたという意味で、意義のある取り組みだったと思います。

── 原さんから見た上田教授はどんな方ですか?

「ブレない人」という印象です。今回、過去の取材を振り返っていて驚いたのが、2020年2月の最初のインタビューと、最近のインタビューで同じことを話していることです。「治療したことに葛藤はない」「被害者と遺族のために死に逃げさせたらいけない」「反省の言葉や悔いが出てきてほしい、その可能性を残すために生かしたといっても過言ではない」などの言葉です。3年半の取材で一貫して同じ姿勢を貫いていることには、非常に説得力を感じます。

── 3年半の取材を通して、上田教授に対する思いや印象はどのように変化しましたか?

最初に抱いた印象から大きくは変わりません。ただ、旧知の後輩との何気ない会話や救命救急医を目指す予備校生と話をしているときの笑顔だったり、たまに見せるおちゃめな面は長期密着ならではの距離感を感じられる映像だと思います。

── 今回の番組の制作を通して、ご自身の中で事件や被害者、遺族、青葉被告などに対する思いに変化はありますか?あるとすれば、どのように変化しましたか?

番組のもう1人の主人公である、岡本真寿美さんは29年前の事件の後遺症にいまだ苦しんでいます。やけどの被害はそれほど根が深く、苦しみが続くということを今回の取材を通して初めて知りました。日本は犯罪の被害者にとって、恵まれた環境とはとても言えません。岸田総理は6月に犯罪被害者や遺族への給付金を引き上げる方針を示しましたが、岡本さんの例をみても、いつだれが突然被害者になるかは分かりません。今の国の姿勢が正しいのか、番組を通して考えていただけたらと思います。

──  番組を制作するうえで苦労されたところは?

まだメディアに登場していないご遺族とも連絡を取り、定期的に仏壇に手を合わさせていただいています。この番組を放送することは伝えていますが、ご遺族や関係者に、どう受け取ってもらえるか常にそれを考え悩んでいました。すべての側面で、あまりにもセンシティブなことが多く、常に気を張っていました。また、2020年9月からは関西テレビの東京駐在かつフジテレビの政治部で記者をしていたため、物理的な距離で取材が制限されたことには非常に苦労しました。

── 今後はどのような視点から取材をしようと考えておられますか?

青葉被告が裁判で、どのように振舞い、なにを発言するのか、それに注目しています。関西テレビでは、私だけではなく後輩の記者がご遺族の取材を事件当初から続けています。様々な視点で次に何をするべきなのか、考えたいと思います。

── この番組を通して原さんが伝えたいことは?

医療従事者の立場、被害者の立場、それぞれに正義や抱える思いがあります。犯罪という圧倒的な悪の前で、複雑に絡まった感情の“揺れ”を感じてもらえたらと思います。そのうえで、青葉被告の初公判を前に視聴者の心に引っ掛かりが出来て、ニュースに注目してもらえたら嬉しいです。

番組ディレクター:原 佑輔さん

見どころ、解説

この番組では、加害者とその加害者を救った医師や看護師、被害者とその被害者の現状、そして日本の課題と僅かな希望……など「京アニ事件」を様々な視点から捉え、理不尽さに憤りを感じながらも、少しでもより良い社会を望む制作陣の想いが込められている。

2020年2月のインタビューから「治療したことに葛藤はない」と話す上田教授。その時、その時の胸中を包み隠さず本音で語る上田教授の姿勢や言葉は胸に迫るものがある。時折映し出される人間・上田敬博としての姿は、上田教授を3年半と長期に渡って取材し、それを正確に伝え、信頼関係を積み重ねてきた原ディレクターだからこそ引き出せた姿だ。

上田敬博教授

一方で、上田教授と共に青葉被告に向き合った医療関係者の率直な声も取り上げられている。中には医師としての使命を全うした後、今も釈然としない感情を抱える人も。また、青葉被告の生い立ちや半生に思いを巡らす人など、ここでも人々の複雑な感情が絡み合い、“命を救う”という医療従事者達の抱く使命感を揺るがせた事件の重みを痛感させられる。

29年前に全身の9割にやけどを負った岡本さんの姿、その現状のあまりの苛烈さに言葉を失うほどだ。新全国犯罪被害者の会「新あすの会」のメンバーであり、講演会で訴え続ける岡本さんの「いつまで伝えていかなきゃいけないのだろう。」という言葉は、犯罪被害者の現状やメディアの在り方を含め、とても大きな意味を持つと、原ディレクターは語る。日本における犯罪被害者の環境やその人たちが到底報われないような小額の給付金の実態を、番組を通して知ってもらえたら。そして彼女たちの切実な声に耳を傾けてほしい。

岡本真寿美さん

映し出されるのは悲嘆や苦しみばかりではない。上田教授は青葉被告を治療した技術で、青葉被告よりさらに重症のやけどを負った患者さんの救命に成功した。さらにその技術を日本中に広めようと、学会で発表している。「そのことを知って、圧倒的な絶望の中にも僅かな光が、救いがあるかもしれないと思えたのです。もちろんご遺族、被害者からすると関係ないことは分かっています。だけど絶望感しかなかった事件が、一般の国民を助けることに少しでも繋がっているのではないかと思うのです。」と、原ディレクターは真剣な眼差しで語る。そしてそれを取材して伝えたいという思いが、今回の番組制作のきっかけに繋がっている。

放送日の4日後、9月5日には青葉被告の初公判が行われる。彼の口からは、どんな言葉が語られるのだろうか──。

ザ・ドキュメント | 関西テレビ放送 カンテレ (ktv.jp)

取材・文:ごとうまき