「聴けば元気!歌えば笑顔!」2026年期待の新星・平山花羽、満を持してメジャーデビュー。師匠・松前ひろ子も認めた“爽やか娘”の覚悟とは。

インタビュー
2026年1月21日、演歌界に爽やかな風を吹き込む期待の新星が登場する。その名は、平山花羽(ひらやま・はなは)。
栃木県栃木市出身の27歳。高校生時代にNHK「のど自慢」でグランドチャンピオン大会に出場した実力派でありながら、一度は社会人として5年間の勤務を経験。しかし、夢を諦めきれずに挑戦した最後のチャンスで、大歌手・松前ひろ子氏に見出され、人生が大きく動き出した。
徳間ジャパンよりシングル『あじさい坂』で待望のメジャーデビューを果たす平山さんに、デビューへの想い、故郷への愛、そして師匠や先輩から学んだ大切なことについて、じっくりとお話を伺いました。

25歳の「最後の挑戦」が手繰り寄せた運命の糸

――いよいよ2026年1月21日、念願のメジャーデビューですね。今のお気持ちを聞かせください。

平山
本当に、幼い頃からずっと歌手になることを夢見てきました。「もし歌手になれなくても、大好きな音楽と共に生きていきたい」という思いで過ごしてきましたが、こうして1月21日にリリースが決まったことは、これまでの人生で一番嬉しい出来事です。支えてくれた家族、声をかけてくださった松前ひろ子先生、事務所の皆さん、そして関わってくださる全てのスタッフの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。今は夢と希望に胸を膨らませています。

――松前先生から直接スカウトされたとのことですが、2024年のカラオケ大会がきっかけだったそうですね。

平山
はい。実は当時、自分の中でひとつの「区切り」を決めていたんです。「25歳までに歌手へのきっかけや音楽の道へのチャンスがなかったら、社会人としてしっかり働こう」と。そういった矢先での大会でした。まさに自分にとって最後の挑戦。「やらないで後悔するより、やって後悔しよう」という覚悟で挑みました。

――その覚悟が実を結んだのですね。声をかけられた瞬間はいかがでしたか?

平山
 最初は「勉強してみませんか?」というお誘いでした。私の中ではすぐに「はい!」とお返事する気持ちで固まっていましたが、当時は「岩下の新生姜」で有名な岩下食品で5年間働いていたので、仲間への引き継ぎもありました。会社に相談したところ、皆さん快く背中を押してくださって。事務所に入った翌月に26歳の誕生日を迎えたので、本当にギリギリのタイミングでの運命的な出会いでした。

――5年間の社会人経験。具体的にはどのようなお仕事をされていたのですか?

平山
 観光施設での接客やレジ、館内のご案内。土日にはミュージアムでアーティストさんのライブがあるのですが、その照明や音響も担当していました。あとは、公式キャラクターの「イワシカちゃん」のアテンドのお姉さんも務めていたんですよ(笑)。

――照明や音響の経験は、歌い手としてステージに立つ今、大きなプラスになりそうですね。

平山
 本当にそう思います!裏方の皆さんの動きや気持ちが少しでも分かることは、私にとって大きな財産です。会社員時代も「私の歌で皆さんが笑顔になってくれる」ことが何よりの原動力でした。その原点は今も変わりません。

デビュー曲『あじさい坂』に込めた、淡く切ない「初恋」の記憶

――デビュー曲『あじさい坂』は、作詞・さわだすずこ先生、作曲・桧原さとし先生によって作られました。初めて聴いた時の印象は?

平山
「初恋」がテーマと聞いて、すごく胸に響きました。私自身、歌手として初めてのスタートを切るタイミングですし、「初めて」という言葉がリンクして。歌詞にある「あなたのことが好きでした」と言い出せなかった女性の切ない気持ちは、自分の幼い記憶とも重なる部分があって、自然と感情を込めることができました。

――舞台は故郷・栃木市の「太平山(おおひらさん)」ですね。

平山
そうなんです!太平山のあじさい坂をモチーフに書いていただいたので、情景が鮮明に浮かんできました。まさに私のために作っていただいた一曲だと、本当に嬉しかったです。

――ミュージックビデオ(MV)の撮影も地元で行われたとか。

平山
はい。栃木市の巴波川(うずまがわ)やあじさい坂、そして「皆川城跡」という、町を一望できる場所で撮影しました。特に巴波川のシーンでは、当初予定になかった遊覧船を、地元の観光協会の皆さんが「花羽ちゃんのためなら」と急遽出してくださって……。蔵造りの街並みを背景に、風情ある映像を撮ることができました。地元の皆さんの温かさに触れ、感謝で胸がいっぱいになりました。

カップリング『自慢の栃木』で発信する故郷の魅力

――カップリング曲『自慢の栃木』は、タイトル通りストレートな地元愛が詰まった曲ですね。

平山
タイトルの通り、私の大好きな栃木を日本全国に発信していきたいという思いで歌っています。音頭調の明るい曲で、お祭りや踊りの場でも楽しんでいただける一曲です。

――歌詞の中でお気に入りのフレーズはありますか?

平山
2番の歌詞にある「人形山車(にんぎょうだし)の 秋の名物祭り」という部分です。これは栃木市で2年に一度行われる「とちぎ秋まつり」のことなのですが、栃木市民なら誰もがワクワクする響きなんです。あと、3番の歌詞には栃木の歴史や、相手の無事を祈る思いやりが描かれていて、そこも大好きです。

師匠・松前ひろ子、先輩・三山ひろしの背中から学ぶこと

――事務所の大先輩である三山ひろしさんの現場でも修行されているとのことですが、三山さんから学んだことは?

平山
三山先輩は、常に2手、3手先を考えて行動されている方です。そして、歌だけでなくどんな趣味に対しても、一つひとつ全力で、一歩ずつ積み重ねていらっしゃる。その「一歩ずつの努力」が歌の深みに繋がっているのだと間近で学ばせていただきました。

――三山さんからかけられた言葉で、心に残っているものはありますか?

平山
何気ない「いつもありがとう」という言葉や、経験のない私に対してもしっかり言葉を尽くしてくださることすべてです。お忙しい中でも、私のことを気にかけてアドバイスや、時には厳しい注意をくださる。他人に関心がなければ言わないことだと思うので、そのすべてが私にとっての宝物です。

――師匠である松前ひろ子先生についてはいかがでしょうか。

平山
松前先生は、本当に「人と人との縁」を大切にされる、温かさに溢れた方です。先生の歌を改めて聴き直すと、人生の重みというか、一言一言に込められた思いの深さに圧倒されます。先生から「感情を豊かにするために、色々なところから吸収しなさい」とアドバイスをいただき、最近は映画を観たり本を読んだりして、自分の表現の引き出しを増やすようにしています。

「千里の道も一歩から」――皆様に寄り添える歌手を目指して

――平山さんの長所は「明るく前向き」なところ。これまでの道のりで役立ったことはありますか?

平山
オーディションに落ちたり、賞が獲れなかったりして悔しい思いをしたこともたくさんありました。でも、クヨクヨしていても始まらない。「次、どうすればいいか」とすぐに切り替えられたのは、この性格のおかげですね。笑顔でいれば、周りの方も笑顔になってくる。それが私の歌のモットーです。

――座右の銘は「千里の道も一歩から」。

平山
 歌手への道は、本当に一握りの人しか辿り着けない厳しい世界だと思っています。だからこそ、魔法のように一気に駆け上がるのではなく、地道に一歩ずつ積み重ねていきたい。小さなことからコツコツと。それが一番、自分の力になると信じています。

――最後に、ファンの皆様へメッセージをお願いします。

平山
1月21日から、いよいよスタートさせていただきます。本当に周りの方々が支えてくださって、この感謝の気持ちを全国の皆さまに伝えられるように、まずは一歩ずつ皆さまの元へ会いに行きます。私の歌を届け、そしてこの『あじさい坂』に込められた先生方の思い、事務所の皆さんの思いを一緒に届けられる歌手になっていきたいです。応援よろしくお願いいたします!

 

【編集後記】インタビュー中、一言一言を大切に、キラキラとした瞳で語る姿が印象的だった平山花羽さん。5年間の社会人経験で培われた丁寧な物腰と、夢を掴み取った芯の強さ。その歌声は、あじさいのように美しく、そして雨上がりの空のように爽やかです。2026年、彼女が演歌界の新たな星として大きく羽ばたく姿を、確信せずにはいられませんでした。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき