【山口綾規インタビュー】コロナ禍を経て、音楽の喜びを伝え続けるオルガニストの想い

インタビュー

今年で36回目を迎える「クリスマス・オルガンコンサート」が、2025年12月20日(土)、住友生命いずみホールにて開催される。出演は、オルガニストの山口綾規(りょうき)さんと、ソプラノ歌手のコロンえりかさん。山口さんにとっては6回目の出演となる本公演を前に、これまでの思い出や今回の見どころについてお話を伺った。

ホール全体で楽しむ音楽体験―いずみホールでのクリスマスコンサートの魅力

――今回、山口さんは6回目のご出演となりますが、このホールでのコンサートを振り返って、特に印象的だったことを教えていただけますか。

山口
実はこの6回のうち、最初の数回はコロナ禍真っ只中での開催だったんです。1回目、2回目くらいまではそうでしたね。私たちも活動の場がすごく限られた時期に、たくさんのお客様に集まっていただいて。普段はすごく楽観的に生きているんですけど、あの時期はプレイヤーたちもいろんな不安を抱えながら生きていましたから。そんな中で、年末の賑やかな本番を、制約はあったものの大勢のお客様の前で演奏できることが、本当にありがたいことだったんです。改めて演奏する喜びを感じたのは、あのコロナ禍でした。

山口
それと、私はクラシックも弾いていますが、ジャズとポピュラーの世界にいた人間なので、いろんなものをこちらから提供できるんです。2023年には阪神タイガースの「六甲おろし」をみんなで歌ったこともありました。いろんな地域、いろんな国で演奏しているのですが、大阪のお客様って、投げたボールにきちんと反応してくださるんですよね。それがすごく楽しくて。元々関西の人間でもないんですけど、すごくフレンドリーに迎えていただいています。このコンサートがあると、「ああ、今年も終わるな」と思う。そういう感覚で毎年迎えていますね。

――今回共演されるソプラノ歌手のコロンえりかさんとは3回目の共演だそうですが、どのような化学反応があるのでしょうか。

山口
彼女は褒めることがたくさんあります。まず、お客さまの注意を集めるパワーがあるんですよね。それは歌もそうだし、おしゃべり一つとってもそうで。音楽の良さはもちろん、お客さまとの一体感みたいなものが作りやすいんです。醸し出している雰囲気に魅力がある方なんですね。それと、声がすごく軽やかなんです。オルガンで伴奏していても、すごく心地が良いんですよ。

――今回のプログラムは、バッハやクリスマスコンサートの定番曲、さらには「戦場のメリークリスマス」などの映画音楽まで、幅広くお楽しみいただけますね。

山口
皆さまが絶対聴いたことのある楽曲ばかりです。もちろん、いろんな演奏家がいて、トラディショナルなものばかりを弾かなきゃいけないと思っている方もいらっしゃるだろうし、それはそれで素晴らしいことです。ただ私は、楽器はオルガンだけど、何弾いてもいいんじゃないかという感覚で仕事をしているので、オルガンを聴いていただくきっかけになるコンサートにしたいと思っています。パイプオルガンを一度も聴いたことのない方にも楽しんでもらえるような内容ですね。

――特に足鍵盤の技術が光る楽曲はありますか。

山口
J.S.バッハの「トッカータとフーガニ短調 BWV 565」でも十分に足が動くと思います。足元が見えないのが残念なんですけど……。

パイプオルガンから見た客席

ジャンルを超えた音楽への道のり―寝坊から始まった運命の転機

――山口さんは様々なジャンルを演奏されていますが、その原点はどこにあるのでしょうか。

山口
小さい頃からジャズとかポピュラーを弾くのが当たり前で、そこの延長ですかね。エレクトーンも弾いていたし、学生時代もそういう仕事をしていたので、何となく音楽の仕事をしたいなというのは、実はずっとあったような気がします。

――早稲田大学政治経済学部から東京藝術大学へという、ユニークな経歴をお持ちですね。

山口
はい(笑)。私、鹿児島出身なんですけど、東京に出る口実だったんですよ。早稲田だったら親もお金出してくれるかなというところもあって。親も、この子は音楽やるんだろうなって分かっていたと思います。音楽やるんだったら、文化の中心を見ておきなさいというところはあったみたいですね。ちょうど世の中に出る時が就職氷河期の真っ只中だったので、そういう時だからこそ好きなことをしてみようと思ったのかもしれないですね。96年卒業なので、周りもなかなか就職が決まっていかない、すごく厳しい時でした。

――早稲田大学時代の「寝坊エピソード」も有名です。

山口
あの日寝坊していなかったら、私はここにいなかったかもしれないですね。授業に間に合わない、もう授業出なくてもいいやとなった時に、たまたま何となく行ったオルガンコンサートで衝撃を受けたんです。あの寝坊がなかったら、今頃どんな仕事に就いていたか、分からないですね。

――その後、大学卒業後に3年間仕事をされてから、東京藝術大学の別科へ。

山口
国立なら自分で払えるかなと思って。3年働いたお金で、まあ何とかなるかなと。音楽関係の仕事をずっとしていて、それでも良かったんですけど、やっぱり一度腰を据えて勉強してみたかったんです。驚くのは、私が通ってからその後15年、そこにオルガン科の学生が入っていないんですよ。定員がないので、採る時は採るし、採らない時は全然採らない。だから一発勝負でした。怖いもの知らずというか、若かったし、よく練習したので、のびのびと弾けたんだと思います。

――その後、さらに大学院にも進まれたんですね。

山口
最初は2年でいいと思っていたんですけど、やっぱり2年じゃ足りないんですよね。それに、ちょうど大学に大きなオルガンが入ったと知っていたので、もう1年いると大きなオルガンに触る機会が増えるわけです。外に出るとそんな自由にオルガンを触らせてはもらえなくなりますから。迷わず3年いることにしました。私はそういう思いつきで動くタイプで、走りながら考える感じですね。失敗したらそこで軌道修正する。よく考えて何かをやるタイプではなくて、大雑把なんです(笑)。

――現在はご自身のスタジオもお持ちですね。

山口
長らくエレクトーンのメーカーがやっている教室で働いていたんですけど、閉じることになって、違う場所を探さなきゃいけなくなったんです。それでやむを得ず開設したんですけど、自分の場所を持っていてよかったなと思います。演奏に関しては、オルガンを知ってほしいという気持ちがあります。教室に関しては、音楽教育に興味があります。基本人が好きなので、一対一で何かをやり取りして良い方向を見つけてあげる、こういうことが大変好きなことなので、ライフワークみたいなものですね。

オルガン界の変化と、シアターオルガンで広がる新たな挑戦

――オルガン界も変化してきたと感じますか。

山口
駆け出しの頃よりはずいぶん変化したと思います。今でこそ「六甲おろし」とか弾きますけど、ポップスを弾くということでさえドキドキでした。20年以上前にいくつかのホールで「好きにやっていいよ」と言われて。その一つが「水戸芸術館」だったんですが、それは大きかったですね。最初はバッハを真面目に弾かなきゃいけないだろうと思っていたんですけど、やっぱり適材適所で、私みたいな色物の人もいていいんですよね。それが言いやすくなってきた。他のオルガニストたちも、バッハだけ弾いていてはいけないことくらいは肌で感じて、できることはちゃんと表に出して、お客さまに喜んでいただけることにつながればと思っています。

――住友生命いずみホールのオルガンについて、何か意識されていることはありますか。

山口
このオルガン、音色の組み合わせがたくさんできるんです。50個くらいのストップ(※ストップとは…どの音色のパイプを鳴らすかを選ぶためのスイッチで、引くとその音色が加わります)があって、いろんなものを混ぜて使うんですけど、このホールは響きがいいので、あまり混ぜすぎないようにしています。オルガンだけの問題じゃなくて、ホール全体で楽器になっているという感じですね。パイプオルガンって、練習をしょっちゅうできるものじゃないんですよ。こんな大きなのではほぼできない。だから、行ったところ勝負みたいなところがあります。限られた時間で、たくさんある音色を組み合わせて、1つのコンサートで100個くらいは使うかもしれない。そういう意味では鍛えられますよね。駆け出しの頃は、ちょっと形が違うだけでもドキドキしてたけど、今は慣れてきました。

――山口さんは、数少ないシアターオルガンの奏者でもあります。

山口
アメリカやヨーロッパではオルガンって身近なものなんですよね。宗教で教会に通う習慣のある方は、毎週のように見ているものですから。日本はちょっと特殊で、機会はすごく少ない。もちろん求めればあるし、大きな町に行けばあるんだけど、やはりちょっと距離があるわけです。そこをぜひ縮めていきたい。

山口
私が40代半ばの時に、この後どうしていこうかとすごく考えたんです。しばらく離れていたシアターオルガンの世界に、どうしても戻ってみたくて。そこからアメリカ通いが続いて今に至っています。もう少し活動の場を向こうで増やしたいなと思っていて、年に3回行けるといいなという感じです。場所は西海岸が多いのですが、やっぱり違うところを開拓しなきゃいけない。来年はオクラホマで9月に演奏するんですけど、そのオルガンを事前に見に行きました。そんなことするとギャラなんか吹っ飛ぶんだけど(笑)、そういうことじゃなくて。一回やっておいて「また来年ね」って言っておくと違うんですよ。営業活動ですね。やりたいことは、待っていたって何も始まらないので。走りながら考える。走らないと、東京でじっとしていても誰も分かんないですから。結局、計画したところで思い通りに行った試しなんかないので、やってみないと何も始まらない。

――最後に、このコンサートをより楽しんでいただくための秘訣があれば教えてください。

山口
このホールに身を置いていただくことが大事だと思います。ホールも含めて楽器なので、録音では感じられないんです。低音だけじゃなくて、高い音の成分もそうですけど、どんな音が響いて自分に聞こえてきているかを感じると、このオルガンとこのホールの良さも感じていただけると思います。いらっしゃる甲斐があるんじゃないかと思いますよ。

クリスマス・オルガンコンサート2025

日時:2025年12月20日(土)12:00開演 / 16:00開演

会場:住友生命いずみホール

出演:山口綾規(オルガン)/ コロンえりか(ソプラノ)

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インタビュー・文・撮影:ごとうまき