【教えて!雀々さん】落語家 桂雀々の落語愛から学ぶ ”笑い”と”人生観”

落語家 桂雀々さん
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2020年も終わりに近づき、今年はコロナで始まりコロナで終わるというような、なんだか出口の見えないトンネルからうっすら光が見えてトンネルから出られたと思えばまたすぐにトンネルに入り込んでしまったような年だったように思う。 “新しい年が幸福でありますように”、”今年も笑いに包まれた年でありたい”。そんな思いを込めてお正月はテレビやラジオやイベントも漫才やコントや落語などと言った「笑い」をもたらしてくれるコンテンツが多く出揃う。

特に2021年新年は例年よりもおもいっきり笑って過ごしたいという気持ちが大きいのではないだろうか。 コロナがもたらした禍はエンタメ業界にも大きな影響を与え、日本の伝承芸能である落語界も、予定されていた多くの公演が軒並み中止となったが少しずつ公演も再開しだしている。

新年は落語を聞きながらお腹を抱えるほどの笑いに触れてみるのも良いかもしれない。2021年1月9日京都府立文化芸術会館にて桂雀々「新春独演会」が開催される。

エネルギッシュな噺し方が特徴の雀々氏の独演会は毎回完売するというほど大人気なんだとか。

落語は敷居が高いというイメージと、そもそも落語に触れる機会が少ない我々世代は、落語の魅力を知らない人も多いのではないだろうか。(もちろん一定数、落語好きは存在するが・・) 今回は落語家 桂雀々さんにお話を訊き、落語の魅力、そして雀々さんの魅力を引き出し、お伝えできたらという思いから雀々氏に取材させていただいた。

桂雀々さんプロフィール

1960年大阪住之江区で生まれ育つ。小学六年生の時に友達に誘われて初めてテレビに出演、西城秀樹さんと一緒にステージで「チャンスは一度」を歌ったことをきっかけに学校でさらに人気者となり、中学生の頃から様々なテレビに出演、中三の時にたまたま聞いた落語に出会い、その魅力にのめり込んでいく。今は亡き桂枝雀に弟子入りし、1977年に名古屋のダイヤモンドホールにて初舞台を踏む。2011年、活動の拠点を東京に移す。雀々氏の独演会は毎回チケットが完売になるほど人気で落語家として着々とキャリアを積んでいく一方で、俳優やタレントとして数々のドラマや映画に出演し活躍。俳優としての主な代表作として、TBSの日曜劇場「陸王」では銀行の支店長の家長亨 役を演じその強烈なキャラクターが視聴者の記憶に残る。また、今年一月にはNHK BSプレミアムドラマで放送された「贋作 男はつらいよ」で主役に抜擢、車寅次郎を演じ、俳優・桂雀々としても広く名を知らしめた。芸歴43年になる。

桂雀々さんに訊く落語の魅力とは

パワフルな演出が魅力

マキ
雀々さんにとっての落語の魅力とは?
雀々さん
私の中の落語の魅力というとやはり登場人物じゃないかなと。登場人物の作り方、出し方。例えば主役となる人のキャラクター、ボケならボケの人をどう可愛らしく見せるとか、どういう言い回しをするか、誰かモデルがいないかと、そこを登場人物に”ばちッ”と合わせることが魅力なのかなと思いますね。お客さまたちに『もう一度あの登場人物に会いたい』と思ってもらえたら、こんなに嬉しいことはないですね。そういったものが落語の魅力ではないかと思います。そして落語の噺の中には悪人が一人もいないんですよ。アホな人間に対しても愛情を持って周りが付き合っている。そこも大きな魅力かなと。

落語の難しい部分とは

マキ
落語って尺が長いじゃないですか。これだけ長い噺、色んな役を演じて言い間違えたり、高座で突然話が飛んでしまったりしませんか?大変なことは?
雀々さん
落語は長いもので1時間20分程ですね。もちろん、人間ですからね、突然話が飛んでしまったり出てこなくなることもありますが、前に戻らずにうまく話を繋げております。役者も台本を1冊もらって覚えることはとても大変ですが、落語は一冊以上の言葉を覚えなくてはいけませんからね。また覚えた後が大変なんですよ。役者、演出、監督を全て自分でしないといけない。そこをひっくるめてどう創り上げていこうか、覚えるために台本、映像、CD、テープ、それを活字にして覚える。その後のやり口、自分のモノにするといったことが大変なんですよね。自分自身の五臓六腑に沁みこませるんです。

人前で噺をすることが何よりも大切

マキ
練習量はどのくらいなんですか?
雀々さん
家で練習していてはダメなんですよ。人前で喋らないと。今年2月以降コロナで予定されていた公演も軒並み中止となり、7か月間仕事がない状態でした。もう、喋りたくてしょうがない。何かしないとと思い、無観客の中で配信の独演会もしました。無観客でのお客さんの反応がない辛さといったら。本当は相手に想像させて笑わせないといけないのに、自分のなかでお客さんが想像しながら笑っているんじゃないかなと思いながら進めているんです。辛いのはそれに慣れてしまい、今度はお客さんが入って、笑いが無くても平気になりましたね(笑)。落語家たるもの、どんなに少ない人の前でも喋らなくてはいけません。

落語家と役者

マキ
落語家としての活動に留まらず、俳優としてもご活躍されていらっしゃいますが、やはり落語が芝居に活かされていますか?「贋作 男はつらいよ」での演技や今年の東京国際映画祭のTokyoプレミア2020に選出された「カム・アンド・ゴー」での飯田さん役の台本のないアドリブの演技もさすがだと思いました。
雀々さん
畑違いの人間が”俳優もどき”をさしてもらっていると思っています。ご縁があってやらせていただきましたが、本当に勉強になりましたよ。

落語と芝居の違いは落語はひとりの人間が多人数を演じ、それぞれの人物を演じ分け、声のメリハリをつけてリズムよくストーリーを進めていきますが、芝居は一人一役でその役をしっかりと演じる。黙っている芝居も必要で例えば”目”の芝居だったり、”沈黙”と”動き”のある部分にも演じなくてはいけませんよね。役を演じるといった意味では落語も芝居も同じですが、やはり落語は自分の”間”で自分のペースで進めていけるけど、お芝居は相手との”間”や呼吸が必要になってくる。似ているようで違っている。ドラマや映画に出させていただき、貴重な経験をさせてもらっていますね。

(芝居が落語には活かされていますか?)

もちろん、一人の役を演じるときにあのモデルのやり方をしようと、言い回し、顔の持って行き方など勉強になっています。

“笑い”のエキス、だからやめられない。

マキ
恥ずかしながら、私は落語に関して無知なもので、今回雀々さんの取材が決まってから、Youtubeなどで落語を拝見しました。特に雀々さんの「手水廻し(ちょうずまわし)」には笑い殺されるのではないかというくらいに笑わせて頂きまして、落語って最初から最後まで気が抜けないですね。観ているうちに落語に興味が湧いてきて、是非生で観てみたいって気持ちになりました。
雀々さん
忘れられないエピソードがあって、鎌倉芸術劇場での公演で「手水廻し」をしましたが、目の前のお客さんが悲鳴なのか『(笑いすぎて)殺される~』って言われていたのが印象に残っています。ひーひー言ってました(笑)そこまで笑ってくれるなんて有難い。だから落語はやめられません。

うちの師匠、桂枝雀の落語は”魅せる落語”を作った大御所だと思っていて、私も子どもの頃に師匠の落語を生で観てはまってしまった。師匠に憧れ、彼のレールに乗っからせてもらい背中を見て育ったので、師匠には本当に感謝していますね。是非、皆さんにも生の落語を観ていただき好きになってもらいたいですね。

雀々氏の原点 ~必死のパッチ~

50年近く落語と共に歩まれている雀々氏、彼の原点は自身の自叙伝ともいえる著書「必死のパッチ」に記されている。

必死のパッチ

大阪市住之江区我孫子で生まれ育った雀々(本名:松本貢一)氏は12歳 小学六年生の時に突然母が家を出て行った。原因は博打好きの父が作った膨らみ続けた借金だった。まだ甘えたい盛りの松本少年にとって突然母がいなくなるという深い悲しみ、絶望と喪失感、想像できるだろうか?その一年後には父もタクシーの運転手になると家を出て行き、”父子家庭”でもない”母子家庭”でもない、子1人の”子家庭”となり生きて行くことになるが、前の家の”出山(いでやま)のおばちゃん”や民生委員の”加藤さん”や学校の友人たちに恵まれ、周りの人に助けられながらもなんとか生きていた松本少年。しかしついに電気やガスなどのライフラインが止められてしまい、生きるか死ぬかの間で生活していた。さらに追い打ちをかけるように父の居場所を探している借金取りは頻繁に松本少年の暮らす家に現れ、殺されそうにもなるが、借金取りに対して必死で喋って訴えたことにより彼らから5,000円を貸してもらうことになった。人前で話して初めてお金をもらったのが借金取りからの5,000円だったのだ。そこから落語家になるまでのあれこれが書かれているのだが、どん底だった人生を笑いという力に変えて、涙あり、笑いあり、読むだけで元気が出る、生きる勇気が湧いてくる著書である。

 

マキ
今でも、子どもの頃のように一人でいるときは大きな声で独り言を話されているんですか?(~著書 「必死のパッチ」より~)
雀々さん
さすがにもう落ち着こうと思います。(笑)今年8月には孫も生まれて、おじいちゃんになったんですが、無責任な可愛さと言ったら、もう可愛くて可愛くてしょうがないんですよね。ちょっと大御所感も出していきたいしな~。
マキ
雀々さんはご結婚されていて一男一女に恵まれ、今はお孫さんもいらっしゃる。だけど、やはり子どもの頃に壮絶な経験をされていて、家庭を築いていく中で、「家族」に対して何か特別な感情や思いはありましたか?
雀々さん
どのように親として表現したら良いか、小学校低学年の頃は親父とキャッチボールした思い出はあるんですけど、やはりロールモデルがないんで、実際自分が子どもにどう関わったらいいのか、といった戸惑いはありました。私自身、多感な頃、反抗期がなかったんですよ。親がいなかったもんで、反抗したくても相手がいなかった。だから自分の子ども達が反抗期の時期は反抗されても『ええな~、反抗する相手がおって』って言いましたよ。子ども達「キョトン」ってしてましたけどね。(笑)
マキ
「必死のパッチ」のドラマ化、映画化はされないのですか?
雀々さん
そういったお話は幾つか頂いてはおりますが・・・。ただ、これをどのようにして表現するかは創り手の解釈によって違いますし、難しいかもしれません。でもそのうちに何らかの形で出てくるとは思いますので、その時は観てやってください。

雀々さんに10の質問

取材の様子。楽しい時間でした。

ーー座右の銘は?

雀々さん
「生きてりゃ、なんとかなるさ」

ーー好きな食べ物は?

雀々さん
脂っこいもんが好きですね。だけど今、私この8月から糖尿予備軍から一軍に入って今メジャーリーグで投げております。だから最近の趣味は 専らカロリー計算。好きな脂物は控えています。 あ、健康のため卓球は毎週月曜日に三遊亭小遊三さんたちと変わらずしてますけどね。

ーーオフの日は何をしてる?

雀々さん
ジム通いですね。ジム行って散歩、筋トレして帰ってくる。

ーー今一番欲しいものは?

雀々さん
全国で、大きな声で喋れて、お客さんが集まってくる場所が欲しいです。私物欲ってないんですよ。今で十分です。この仕事さしてもらって生活に困らない程度のお金をいただければ。

ーー睡眠時間は?

雀々さん
結構寝てますよ。22時半に寝て5時くらいに起きるという農家みたいな生活をしています。

ーー初恋はいつ?

雀々さん
小学2年、名前も覚えてますよ。マリちゃん。その子のことが好きすぎて、マリちゃんの手袋を片方だけ持って帰って握りしめていました。その後朝早く行ってそーっと机に戻しましたけどね。

――好きな女性のタイプは?

雀々さん
知的な女性が好きですね。知的な中にもちょっと抜けたところが可愛いなぁーって、余計にそこに魅力を感じてしまいますね。

ーー尊敬する人は?

雀々さん
うちの師匠の桂枝雀と、ラジオやテレビでお世話になった人が上岡龍太郎さん。この二人です。

ーーそんな尊敬する今は亡き桂枝雀師匠が今、目の前に現れたとすれば何を話しますか?

雀々さん
生前も落語道を語っていて、今でもすぐに落語の話をしたい。大好きでしたから。

ーー過去の桂雀々と未来の桂雀々にそれぞれ言葉をかけるとしたら?

雀々さん
過去は、若いの~まだまだ全然詰めも甘い。子どもの頃の痛々しい経験で屈折していた部分もありましたが、勢いもありましたし。でも今はその若さが羨ましいですね。

円熟してきたら落ち着いて味わいが出てきたり、おっとりとした感じでいたいですよね。

落語という芸は時間がかかるんです。長距離マラソンですよね。休憩もしながら、それでも走り続ける。ゴールはないんですよ。

京都 新春独演会概要

そんな桂雀々さんの公演、冒頭でも触れたとおり、2021年1月9日(土)京都府立芸術文化会館にて桂雀々 新春独演会~うしの巻~が行われる。

演目は遺言(新作落語)と景清(古典落語)の二席、それぞれ色合いの異なる演目が楽しめる。またゲストに笑福亭晃瓶さん(演目が「火焔太鼓」)と雀々さんのお弟子さんである桂優々さん(演目が「牛ほめ」)を迎えての合計四席、新春の笑いのひと時を楽しんでもらえるはずである。

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リンクなど

ラルテ公式ホームページ:株式会社ラルテ (l-arte.co.jp)
取材・文/ごとうまき