【エモいが最高に似合う作品】今を生きる私たちへのオマージュ『ちょっと思い出しただけ』

(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
映画

時間軸を巻き戻しながら物語を紡ぐ巧みな演出が心憎い

ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げる、ジム・ジャームッシュ監督の代表作のひとつ「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て書き上げられた「Night on the Planet」。この楽曲にインスパイアを受け製作された松居大悟監督のオリジナル脚本を、池松壮亮と伊藤沙莉の主演で映画化。2月11日から全国で公開中。

 

2021年7月26日(厳密には27日)から2015年7月26日までの6年間、時を巻き戻しながら描かれるカップルの“終わりから始まり”がエモーショナルに、時にコミカルに描かれながら見る人たちの“愛おしかった時間”を思い起こさせる。まさに“ちょっと思い出しただけ”。

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映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」と「パターソン」をオマージュした恋愛映画

映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」と「パターソン(2017)」へのリスペクトが随所に散りばめられている。パターソンに出演した永瀬正敏は本作でもベンチに腰掛けた謎の男性を演じている。

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生きていれば誰にでもある“ちょっと思い出す”こと。とりわけ若い頃の恋焦がれた日々や、元恋人との思い出はちょっとしたことをきっかけに、例えば彼(彼女)の誕生日とか、その人がつけていた香水とか、思い出の場所などを通ったり聞いたりするとその瞬間、瞬間で思い出す。本作の“7月26日”を軸に一年ごとに遡って描かれていく演出がより“思い出す”こととリンクする。
7月27日(水)で止まったままの時計や、電気のスイッチがタイムマシーンのようなものとなり、ごく自然に物語は過去へ過去へと遡っていくが、意識して見ていないと気づけばあれあれ?ってな感じに。とりわけマスクの有無やタクシー内のビニールシート、初乗り運賃730円など、細部に目を配るとそのカラクリに気づくだろう。

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愛する人と過ごす「時間よ止まれ!」と願う幸せなひと時はあっという間に過ぎていく。だけど時は淡々と過ぎ去り、ときに残酷に、その現実を突きつける。
そして私たち人間の感情もナマモノ。常に移り変わり変化し続ける。止まったものとして描かれているのは、照生の部屋にある止まったカレンダーの時計とベンチで妻を待ち続けるジュン。
人も、街も変わりゆく。だからこそ、その時、その瞬間を大切に、“伝えたい言葉は伝えようね”というメッセージ性が感じられた。
それにしても脇役に主役級の大物たちが勢揃い!

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「タクシー」と「バレッタ」

タクシー運転手をする葉が長髪の照生に誕生日プレゼントでバレッタを贈る。
「タクシー運転手」は今でこそ女性のドライバーもいるが、圧倒的に男性の仕事というイメージがまだまだある。また「バレッタ」は女性の髪の毛を纏めるアクセサリーという認識がされているが、本作でその固定観念を取り払ったことに称賛を送りたい!
本作のラストには『そうきたか〜!』と思わず唸る。

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みんな折り合いをつけながら生きてるんだよ。ラストシーンには共感しまくりだ。筆者が女性ってのもあるのかしら?適齢期に結婚して子供を産んでという、肉体的なタイムリミットからくる惰性と妥協と少しの計算。適齢期の、特に子供が欲しいと願う女性の場合はとりわけその傾向が少なからずあるんじゃないかな。本作の葉のように、私だってそうだった。
高校生だったあの子は大学生となり、あの人の意中の相手も変わり、あいつの仕事も変わって、彼女の車種も変わる。
諸行無常、人生ってそんなもの。誰かと出会って、別れての繰り返し。二度と同じ瞬間なんてないんだから。だから大切に大切に毎日を生きていきたい。

ちょっと思い出しただけ

監督・脚本:松居大悟
製作:太田和宏
キャスト:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政、尾崎世界観、渋川晴彦、市川実和子、高岡早紀、成田凌、國村隼、永瀬正敏
製作:2022年製作/115分/G/日本
配給:東京テアトル
文/ごとうまき