松下洸平 『闇に咲く花』受け継いだバトンを精一杯演じて、次の世代に渡したい。

インタビュー

こまつ座147回公演『闇に咲く花』が9月6日(水)〜9月10日(日)大阪・新歌舞伎座で上演される。本作は、井上ひさし作の昭和庶民伝三部作の第二弾で、1987年に初演以来、5回再演され、今回11年ぶりに上演される。井上作品には欠かせない栗山民也が演出。山西惇、松下洸平、浅利陽介らを迎え、「戦争」という重厚なテーマを悲喜劇として届ける。

上演に先立ち、牛木健太郎を演じる松下洸平が取材会に出席。これまで、こまつ座の作品『母と暮せば』『木の上の軍隊』に出演しているが、井上ひさしの戯曲に挑戦するのは今回が初めてとのこと。役にどう向き合い、どう深めていくか。公演に向けての意気込みなどを語ってもらいました。

いまこそ、再演すべき作品

── 最初に台本を読んだ時の感想を教えてください。

松下
台本は、一通り読んで覚える作業をしないといけないのですが、なかなかページを開く勇気が出ませんでした。それぐらい僕にとっては、生半可な気持ちでは取り組めない、とても大切な作品です。一言一言に井上さんの思いが詰まっていて、重いところもある一方で、コミカルなところはとことんコミカルな作品です。僕も台本を読みながらゲラゲラ笑いました。

── 松下さんが演じる牛木健太郎はどんな人物ですか?

松下
僕が演じる牛木健太郎は戦争を体験し、その後アメリカで捕虜となるのですが、その後記憶を失ってしまいます。終戦後の2年はアメリカで過ごすのですが、その間、野球を通して記憶を呼び戻し、英霊となり東京の愛敬稲荷に舞い戻ってきます。健太郎はとても明るく、自分の意思をしっかり持った力強い人です。神社で生まれ育ったということも影響するのかもしれませんが、正義感が強く人と野球が好き。父親代わりとなっていた山西惇さん演じる牛木公麿のことも大好きです。辛い時代を生き抜いた人物を象徴するような青年なのではと思います

── 健太郎とリンクする部分は?

松下
健太郎は、自分が正しい、したいと思うことに対しては曲げずに思いを伝え続ける人、相手がどんな立場の人であろうと。僕は健太郎ほど強くはありませんが、ある程度の頑固さは必要だと思っています。台本を読みながら共感する部分もあります。

井上さんの作品は、“戦争”を知らなければという気持ちが芽生える──。

── これまでにご覧になった井上さんの作品は?

松下
僕が舞台を始めたばかりの頃、いろんな人から栗山民也さんの舞台を観るように勧められました。栗山さんの舞台を初めて観に行ったのがこまつ座の『きらめく星座』。客席で大笑いしながら、最後は号泣しました。なんて感情が慌ただしく動く舞台なんだと、感動した記憶があります。久し振りに再演された『きらめく星座』を先日改めて観にいきましたが、全く同じことを思いましたね。出演していらっしゃる俳優さんは違いますが、演出も台詞も変わらない。やり続けることの大切さを再認識しました。

── 井上さんの作品の魅力についても教えてください。

松下
井上ひさしさんの戯曲に登場する人たちは、戦中戦後の辛い状況、貧しい時代を生き抜いているにも関わらず、底抜けに明るいんです。だから余計に胸が締め付けられる……..“悲しいことを明るく書く”、それが井上ひさしさんが描きたかったことであり、そういう劇作家さんだったのだと感じています。そして井上ひさしさんの作品は、戦争というものを知らなければという気持ちが芽生えます。『闇に咲く花』は1987年に初演を、それから再演を繰り返し、自分もそのバトンを受け取ったのだと思うと身が引き締まる思いです。そして次に渡していけるよう精一杯努めます。

“飢え”をどれだけ体現できるかが勝負

── 演出の栗山民也さんについてもお聞きします。栗山さんの演出で印象に残っていることは?

松下
23歳の時に初めて栗山さんとお仕事をさせていただきました。それからは、ほぼ毎年のように栗山さんと一緒にお仕事をさせていただいていますが、会う度に「洸平には井上さんの戯曲をやってほしい」とおっしゃってて、やっと夢が叶った!という気持ちです。栗山さんはあまり多くを語らない人。だけど、本編より長いんじゃないかというぐらい、ダメ出しの時間が長いんです(笑)。幕が開くギリギリまで細部にこだわって作られています。中でも印象に残っているのは「今の若い俳優にとって体現できないものは飢えだ。」と。『木の上の軍隊』『母と暮せば』の時にも言われましたが、きっと今回も言われるだろうなぁと、思っています(笑)。

── “飢え”とは……

松下
この“飢え”には、さまざまなモノが内包されています。物を食べていない状態が1週間ではなく何ヶ月も続き、もちろんお風呂にも何ヶ月も入っていない。何年も家族や愛する人に会えないという飢え。以前、栗山さんがあまりにも“飢えを知らない”と、口酸っぱくおっしゃるので、2日間食事を抜いて稽古に臨んだんです。だけどあまりにもお腹が空きすぎて、力が出なくて声も出なくて、余計に怒られたことも(笑)。今回ご一緒する浅利陽介くんと僕は同年代。僕たちがこの“飢え”をどこまで体現できるかが勝負です。そして栗山さんが明確に描いていらっしゃる役や台詞、作品そのものをこの1ヶ月間のお稽古を通してしっかり掴みたいと思います。

── この時代の役を演じる上で、“飢え”以外にも、心がけていらっしゃることはありますか?

松下
僕らができることは想像することしかないのです。だけど、実際に近所の神社に行ったりします。そこには都会とは少し違ったスーッとした空気が流れています。そういった感覚をカラダの中に入れていくことも大事だと思っています。この記憶が舞台上で役に立つ瞬間があるんですよ。お客さまの方を向きながら、自分はあの時見た景色を思い出し、共演者の皆さまと共有します。あと、健太郎は野球選手ですが、僕は球技全般ダメなので、野球やバスケが上手な浅利くんと稽古場でキャッチボールをするのが日課になると思います(笑)。ポスターの写真のボールの持ち方も浅利くんに教わりました。

── 失った記憶を取り戻す健太郎を演じるにあたり、現時点でどのようなアプローチをしようと考えていますか?

松下
役作りにおいて一番大切にしたいのは彼の“壊れそうなほど、強い優しさ”です。記憶をなくした後の彼の信念、本心があまりにも強く、僕は台本を読んで涙しました。戦後の苦しい時代の中でも神社や誰かを思う気持ちを持っている。この気持ちによって記憶を取り戻す瞬間があります。そして、こう生きるべきだ!という人々に対する怒りではなく、もっと優しい怒り、誰かのことを思う怒りが溢れています。その力強さを僕はどう出したら良いか……、お稽古の1ヶ月間を通して見つけていこうと思っています。

戦争の悲惨さを伝え続けないといけない

── 戦争の悲惨さだけを伝えるのではなく、1人1人の戦争責任など様々な要素が詰まっています。戦争を知らない世代の松下さんはこの作品からどのようなメッセージを受け取られましたか?

松下
僕は戦争を知らない世代なので、この悲惨さを映像や台本でしか理解できないのですが、この本を読んでC級戦犯というものの恐ろしさ、当時の日本の人々がどれだけこれによって苦しめられていたか、ということを知りました。作品を通して戦争の悲惨さを伝え続けていかなければならないし、こうして何度も再演され続けています。栗山さんは『闇に咲く花』を「今だ、今やるべきだ!」とおっしゃっていました。僕たちは俳優なので、政治や国への怒りを代弁する人間ではありません。ここに描かれる庶民の声を借りて、当時のことや、今の日本について考えるきっかけを届けられたらと思います。

松下
一番暑い時期に、熱いこまつ座の舞台をお届けできるのは嬉しいです。普段演劇をご覧にならない方にも是非、足を運んでいただきたいです。僕自身、この作品を読みながら社会の勉強をさせてもらっていましたし、戦後の日本を知るきっかけにもなると思います。そして、僕たちが渡す小さなバトンをそっとカバンの中に忍ばせて、誰かに渡してもらいたいです。こうして伝え続けていくことが演劇の指名であり、僕たちがやる意味があります。1人でも多くの方に観ていただきたいです。

公演概要・チケット

こまつ座 第147回公演『闇に咲く花』
公演期間 2023年9月6日(水)~9月10日(日)
料金 (税込)
S席(1・2階) 10,500円
A席(3階) 7,000円

◎チケット:こまつ座「闇に咲く花」 ○一般発売 | 新歌舞伎座ネットチケット[演劇 演劇のチケット購入・予約] (pia.jp)(2023/7/16(日) 10:00より発売)

◎新歌舞伎座テレホン予約センター:06-7730-2222(午前10時~午後4時)

撮影:髙村直希

取材・文/ごとうまき