【森山良子インタビュー】ジャズへの原点回帰と新たな挑戦

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秋空の下、フェスティバルホールでの公演を控えた森山良子さんが、穏やかな笑顔で取材に応じてくれた。今回のツアー「Life Is Beautiful」は、彼女にとって特別な意味を持つ。長年の念願だったジャズアルバムの完成と、自身のルーツへの回帰を表現する舞台だからだ。

大江千里さんプロデュースアルバム「Life Is Beautiful」

「千里さんが日本に帰ってくる度に会っていて、ジャズの話をしたりしていました」と森山さんは振り返る。そんな中、千里さんから「良子ちゃんジャズのアルバム作ろうよ!」と声をかけられた時の喜びは格別だった。

「2つ返事で『ぜひぜひ!』って。すごく嬉しかったですね」

昨年のコンサートでは、まだリリース前だったアルバムから特別に楽曲を披露した。さらに、大江千里さん本人が神戸からフェスティバルホールに駆けつけ、一緒に「Life Is Beautiful」を歌ったことも大きな話題となった。

今回のツアーでは、アルバムから3曲を披露予定。「MORIYAMA」という楽曲では、客席との一体感も期待できる。「お客様から掛け声をいただきながら楽しく進めていきたい」と意気込みを語る。もちろん、「禁じられた恋」「この広い野原いっぱい」「さとうきび畑」など、森山さんの歌手人生から外せない楽曲も織り込まれる。

55年ぶりの万博舞台

今年4月、森山さんは大阪・関西万博の国連パビリオン主催のジャズイベント「Speaking Jazz」に出演した。1970年の大阪万博で住友童話館のテーマソングを歌って以来、実に55年ぶりの万博の舞台だった。

「当時は23歳。すごく楽しくてワクワクしていました」と当時を懐かしむ。今回は「ジャズで世界中に発信されると聞いていたものですから、ちょっと緊張しながらも、とってもいい時間を味わいながら楽しめました」。

ジャズがすべてだった幼少期

森山さんのジャズへの道は、幼少期の家庭環境にある。

「うちではFENという、アメリカ軍が流している放送しか聞いていなかった。父がいつもそれをかけていたので、必然的にジャズがどんどん流れてくる環境でした」

家にあるレコードも、縦に積まれたビッグバンドのジャズが中心。「とにかくジャズしか聞かない家庭だったものですから、必然的にジャズシンガーになろうと思ってしまったんですね」。

長年クラシックの発声も学び続け、90歳になった恩師が生徒を取らなくなるまで通い続けた。「本当にそれが自分の基本になっているので、感謝しています」。

ボストン留学での新たな発見

今年の夏も森山さんは渡米し、ボストンに滞在した。バークリー音楽大学 主任教授のアン・ペッカム先生の個人レッスンを受け、ジャズに対する考え方を学んだ。「ワンコーラス目からアドリブをしてもいいのか?」という長年の疑問に、「もう全部オッケーよ」と背中を押された。

「エラ・フィッツジェラルドなど有名な人のアドリブを覚えて真似することも、すごくいい勉強」だと教わり、新たな確信を得た。

2023年秋からニューヨークでも4回レッスンを重ね、マンハッタン・トランスファーのジャニス・シーゲルさんやニューヨーク・ヴォイセスのローレン・キンハン先生といった世界的な歌手から直接指導を受けた。特に印象的だったのは、グループレッスンでの体験だった。

「年齢層も幅広く、若い世代から50代の方まで参加されていました。一人ひとりが順番に歌を披露していく中で、先生の指導方法がとても印象的でした。ある生徒さんが歌い終わると、先生は「どんな想いでその歌を歌ったの?」と問いかけます。生徒さんが自分の気持ちを説明すると、今度は「では、こんな感情を込めて歌ってみて」と違う表現方法を提案するのです。すると、同じ歌なのに全く違う表現に変わる瞬間を見ることができ、その変化の大きさに本当に驚かされました」。

ボストンでは思わぬ体験もあった。現地の日本人男性に誘われ、黒人コミュニティの教会でのゴスペル礼拝に参加したのだ。

「黒人のおばあちゃんやおじいちゃんがすごく綺麗に着飾って、ニコニコしながら教会に来ていて、きっと日々辛いことがあるけれども、今日はちょっと綺麗におめかしして、ジーザスに会いに来たんだなっていうことが見て取れるような光景に深く感動しました」。

「“アメージング・グレース”を歌うことになり、すぐ楽屋でそういうことが始まったり、みんなでコーラスしたり、当たり前のように音楽が流れてくる環境の中に身を置けただけでも、実り豊かでした」と思い出を語った。

創作への愛情

音楽活動以外では、編み物や手縫いに夢中になっている。祖母から受け継いだ大量の糸を使い、「これ消費しなきゃっていうところから始まって」、小さな刺繍がだんだん大きく広がっていく。

「図案があるわけでもないので、全部自己流なんですけれども」と謙遜するが、その創造性は音楽にも通じるものがある。

ミシンを衣装さんに譲ったため、「全部手縫いで、はぎれでスカートを作ったり」している。衣装さんと一緒に生地を選び、「これ可愛くない?」「じゃあ2枚分、私のも作っておいて」と衣装さんに言われることもあるという。楽しそうに語る姿からは、創作することへの純粋な喜びが伝わってくる。

60周年への想い

来年はデビュー60周年という節目を迎える。息子の森山直太朗さんからも「60周年なんだからなんかやろうよ」と企画を持ってきてくれているという。

「私は何をしようとしてるか分かってないんですけれども、普段と違うことを考えてくれてるようで」と、期待を込めて語る。

そして最後に、歌手としての今後について力強く語った。

「年とともにだんだん声帯も弱ってくると思うので、自分が今持っている声を維持していきたい。若い頃は出なかった高音も、訓練によって出るようになった。その声を絶対に低くしないよう保っていきたい」

森山良子さんの「Life Is Beautiful」ツアーは、単なる楽曲披露ではない。半世紀を超えるキャリアの中で培われた歌声と、新たな挑戦への情熱が融合する、まさに人生の美しさを歌い上げる舞台となるだろう。フェスティバルホールという格調高い会場で、森山さんの歌声がどのような感動を届けてくれるのか、10月26日の公演が今から楽しみでならない。

 

インタビュー・文・撮影:ごとうまき