ーー人生と四季の物語の絵巻をスクリーンで味わう
2019年・第72回カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれ、日本でも2019年・第20回東京フィルメックスのコンペティション部門で審査員特別賞を受賞した本作は、中国の新鋭監督グー・シャオガンの長編デビュー作である。
本作は2020年1月フランスで上映され、14万人を動員し世界的に有名な映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」では2020年の年間ベスト10に選ばれている。グー・シャオガン監督が中国山水画の傑作絵巻「富春山居図」（富陽で描かれた絵画）からインスピレーションを得て、四季を通して移り変わる美しい風景とそこで暮らす市井の人々の物語を山水絵巻のごとく描いている。カメラの長回し、横移動スクロールがまさに絵巻のようでその広大な山、河などの風景は移り行くそれぞれの四季とともに驚異的な美しさを放っている。本作は三部作の第一作目になる。
作品について
中国・富陽の美しい自然を背景に、移り変わりゆく四季と激動の中国社会の中で生きる大家族を描く人間ドラマ。グー・カオシャン監督は1988年生まれ、現在も映画の舞台である浙江省杭州市富陽に暮らしているとのことだ。
あらすじ
杭州市、富陽。大河、富春江が流れる街の市井の人々を美しい風景とともに描く絵巻をスクリーンで味わう。
杭州市・富陽地区は2022年のアジア競技大会に向けて再開発の只中。顧（グー）一家の母の誕生日に4人の兄弟、親族が集い母の誕生日を祝う。その祝宴の最中に、母が脳卒中で倒れてしまい介護が必要になった。認知症も進む母を兄弟四人それぞれが面倒を見ることになる…。
「黄金大飯店」という店を経営する長男夫婦と漁師を生業とする次男夫婦、男手ひとつでダウン症の息子を育て、闇社会に足を踏み入れる三男、独身生活を気ままに楽しむ四男。家族の反対を押し切って恋人と結婚しわうとする孫。変わりゆく時代の中を生きる親子三代の物語を山水絵巻のように映し出し描いている。
見どころ
クラシックかつ革新的な手法に注目
本作は横移動スクロールの超ロングテイクやワンシーンごとの壮大なロングショットで撮られている。圧倒的な映像美とカメラワークで魅せるその美しさに息をのむほど。そこに長い絵巻を眺めているような感覚に陥る。とくに河で泳ぐ10分間の横スクロールの長回しにはため息がこぼれるほど、美しい。
キャスト陣が監督の親族や知人
本作の驚くべきところが監督の親族や知人をキャスティングしているというところである。製作費を節約することの他に、富陽のある瞬間をリアルに浮かび上がせ、市井の人々の情感を映像に入れるために、実際にそこで生きている人に演じてもらうことが大事だと思いこのようなキャスティングにしたとのことだ。
登場人物
「春江水暖」公式サイトより
「富春山居図」と中国、台湾の偉大な監督たちからインスピレーションを受ける
グー監督は「富春山居図」からインスピレーションを受けて本作を製作した。故郷の富陽で映画を撮るとなった時、避けては通れない歴史的な遺産が「富春山居図」だったと話している。（公式サイトより）
また台湾のエドワード・ヤン監督、ホウ・シャオシェン監督、中国のジャ・ジャンクー監督からも影響を受けたと語っている。まだ32歳のグー監督、彼の今後の活躍に目が離せない。
富春山居図
クリエイティブなこと、革新的なことに対してエキサイティングな中国の人々
グー監督は、長い絵巻物をどのように撮影し、どうやって（絵巻物のように）見せるかは、クルーと模索しながら製作したとのこと。中国国内で言えば、見たことのない絵を撮ろうとか、クリエイティブなことをしようということに、皆、比較的協力的なんだとか。新しいアイデアが出ると、非常にエキサイティングになるという。（公式サイトより）
レビュー
富陽の四季折々の美しい風景とともにある大家族の営みを眺める、2時間半の長尺である。なぜこんなに長いのかというとワンカットが一つずつ長いから。それこそ絵巻物を見ているようで、さらに小鳥のさえずり、蝉やツクツクボウシの鳴き声、深々と降る静かな雪景色、春を待ちわびる山々がリアルに映し出され、五感で感じるこんな映画体験は初めてかもしれない。大きなスクリーンでこそ観る価値がある風景である。また「介護」「認知症」「育児」「嫁姑問題」「結婚」など、抱える問題は世界共通で、さらに大家族になればなるほど大変で問題も多くなる。家族って煩わしいことのほうが多いけど、やっぱり愛おしい。三部作のうちの第一作目とのことで次回作も楽しみである。
春江水暖（しゅんこうすいだん）
