一般人として生きてきた人の“ヒロイズム”を描く
押し黙るしかない恐ろしい描写、観終わった後には胸にずっしりと重みが乗っかかる。本作はエンタメ要素は一切なく、ドキュメンタリーに近い作品だ。1942年にアウシュヴィッツに強制収容され遺体の記録係を強いられていた二人の若いスロバキア系ユダヤ人の勇気ある命懸けの行動によって、12万人以上のハンガリー系ユダヤ人の命を救うことになった実話をドラマ化。本作は第93回アカデミー国際長編映画賞のノミネート作品選考に際し、スロバキアの代表作品に選出された。また「スロバキア・チェコ・ドイツ合作」とのことで、ドイツからも出資されているところにも注目したい。
ホロコーストの地獄の実情を命がけで伝える
アウシュヴィッツでは150万人規模(1日に3000人以上)の大量虐殺が行なわれていたのにもかかわらず人道支援を行なう赤十字社などにはその真相が掴めないようになっていた。そこで、「アウシュヴィッツ強制収容所」を空爆で吹き飛ばし、虐殺を食い止め、真実を世界に知らしめようという案が出る。
1944年4月10日に記録係の二人の若者は収容所を脱走し、アウシュヴィッツの内情を描いた32ページにも渡るレポートを書き上げるが、その内容とは収容所のレイアウトやガス室の詳細、筆舌に尽くし難いあまりにも恐ろしい行為や虐殺の数々が記されていた。このレポートは「ヴルバ=ヴェツラー・レポート(通称アウシュヴィッツ・レポート)」として連合軍に報告され、結果前述した通り12万人以上のハンガリー系ユダヤ人命を救うことに繋がった。
収容所の仲間たちの手助け
さて、記録係の二人が収容所から無事逃れることができたのは、逃亡を手助けをした“仲間”の存在があってこそ。1日3,000人以上の命が絶たれるのを目にし、いずれ自分も死ぬのであれば、ホロコーストの真実を“世界に伝えてほしい”と仲間達が協力したのだ。記録係の二人の背景には同じく命懸けで彼らを送り出した仲間たちの存在を忘れてはならない。
前半50分はアウシュヴィッツでの恐ろしく地獄のような現実、残された仲間達への痛ましい拷問シーンがドキュメンタリーのように描写され続ける(過激な描写も多く、人によっては目を覆いたくなるだろう)。
後半は緊張が走る二人の逃亡シーン、逆さや横など、普段見ることのない斬新なカメラワークが“一分一秒でも惜しい”早く命を救わねばといった“使命感”と“生死を彷徨う逃亡”を表現し臨場感をもたらしている。逃亡シーンからは『「1917 命をかけた伝令(2020)」を彷彿させる。
過去を忘れる者は、必ず同じ過ちを繰り返す
エンドクレジットが見どころ。
本作の見どころはラスト(テーブルを挟んで赤十字社の人へ報告をする長回しのシーン)からエンドクレジットだ。多くのエンドロールではバックに音楽が流れるところ、現在に至るまでの“権力者たちの音声”が使用されている。強烈なメッセージ性が込められており、これが全てを物語っているようにも感じる。あれから世界は変わったのだろうかーー。過ちは繰り返してはならぬ、どれだけ時代が移ろいでも、永久に語り継いでいかなければならないのだ。
アウシュヴィッツ・レポート
文/ごとうまき