【孤立が生んだ悲劇】それぞれの“生かされた理由”と向き合う 京アニ殺人事件の深層とは。

インタビュー
 36人が死亡、32人が重軽傷を負い、平成以降最も多くの犠牲者を出したとされる京都アニメーション放火殺人事件。謎に包まれた青葉真司被告の半生、大切な人を奪われた遺族、青葉被告を生かした元主治医の上田敬博氏のそれぞれの視点から京アニ事件の深層を追求したドキュメンタリー番組 ザ・ドキュメント「生かされた理由~京アニ事件の深層~」が2024年2月9日(金)深夜1:25〜2:25まで関西テレビにて放送される。ナレーションを務めるのは小須田康人さん。
今回放送に先立ち、番組ディレクター・宇都宮雄太郎氏にインタビューを行った。

見どころと解説

 日本だけでなく、世界中に衝撃を与えた京都アニメーション放火殺人事件。許しがたき凶行を起こした青葉真司被告自身も、全身の9割以上にやけどを負い生死の境を彷徨ったが、元主治医の上田医師たちによる懸命な治療によって命を繋ぎ止めた
そして2023年9月、青葉被告の裁判員裁判が開始。裁判の証言やディレクター達による約半年間にわたる関係者への独自取材によって、青葉被告の半生や犯行に至るまでの経緯が少しずつ浮き彫りになった。
母の家出、父からの虐待……複雑な家庭環境の中に身を置いた幼少期。将来への希望が見えた“人生の絶頂期”も束の間、父の自死をきっかけに孤立は深まった。やがて人との繋がりが完全になくなったことから犯罪に手を染め、転落していった青葉被告。そんな中で出会い、彼にとって唯一の心の拠り所となったのが京アニ作品だった。誰か1人でも彼のことを気にかける人が周りにいたなら、絶望的孤独が招いた悲劇は起きなかったのではないか。

青葉真司被告

青葉真司被告

 一方で怒りと悲嘆の中、“遺された者の使命”として妻や小学生の息子の代わりに、青葉被告への被告人質問に臨んだ遺族もいる。
「涼宮ハルヒの憂鬱」のキャラクターデザインを手掛けるなど、京アニを代表するアニメーターだった寺脇(池田)晶子さんの夫は、真実を知ろうと裁判と向き合い続けている。
親子2人が生活する様子や、小学6年生になった息子の言葉に胸が締め付けられるとともに、彼の犯した罪の重さを実感する。青葉被告は何百人もの心を殺し、人生も狂わせたのだと。寺脇さんは青葉被告と対峙していく中で、寺脇さんにある感情が芽生える。

故 寺脇(池田)晶子さん

  さらに、死の淵に立たされた青葉被告に治療を施し回復させた、元主治医の上田敬博氏からの視点も映し出される。関西テレビでの2020年2月のインタビューから一貫して「治療したことに葛藤はない」と話す上田医師も、裁判の行方を見守っていた。上田医師の手記に綴られた青葉被告の心境の変化が印象的で、主治医として青葉被告と向き合い続けた上田医師の言葉にも耳を傾けてほしい。
青葉被告の半生、遺族、青葉被告の主治医の思いが映し出された本作には、裁判だけでは明らかにされなかった裏側が描かれている。加害者と遺族、そして加害者を救った者のそれぞれの“生かされた(生かした)理由”を感じてほしい。

上田敬博医師

ディレクターインタビュー

  本作を手がけた宇都宮 雄太郎ディレクターは、関西テレビ京都支局長として主に報道番組を担当している。今作を制作するにあたり、京都から埼玉に何度も足を運んで、青葉被告の関係者に独自取材を行った。制作時のエピソードや作り手の思いを聞かせてもらったが、そこには“事件の真相を明らかにしたい”、“少しでも社会を良くしたい”という熱い思いが感じられた。

宇都宮雄太郎ディレクター

── どれくらいの期間取材をされましたか?
宇都宮ディレクター
もともと、この事件が発生した当初から現場を取材していて、ご遺族の方々ともお話をさせていただいていました。昨年2月に京都支局に赴任になったこともあり、9月に裁判が開かれる1ヶ月前から“被告が生かされた理由”について考えたいと思い、再度取材をはじめました。
── 取材時、一番苦労されたところは?
宇都宮ディレクター
一つは青葉被告の半生を辿ることです。彼は自ら孤立を選んでいるがゆえ元々関係者が少なく、彼を知っている人を見つけるまでが難しくて。そこから100人以上の関係者を見つけましたが、8〜9割の方に断られました。その理由のほとんどが、これだけ大きな事件を起こしてしまった犯人の関係者として出るのも話すのも嫌だと……。一方で取材を受けてくださった方々の多くが裁判で真実が明らかになってほしい、そして取材に応えることで少しでも社会が変われば……という思いで話してくださっています。ただ、より深層に迫るためにも、もっと沢山取材をしたかったというのが本音です。
宇都宮ディレクター
そしてもう一つは遺族の方々との向き合い方です。裁判中も取材を重ねていく中、ご遺族の心境の変化や心労もあり、取材に応じていただけない時期もありました。ご遺族が今どう思っているのかを訊けるタイミングも難しく、そこに向き合う自分も辛かったです。
── 宇都宮さんは青葉被告の半生についてどのように感じていますか?
宇都宮ディレクター
不遇な幼少期を過ごしたものの、高校時代は学をつけて前向きに人生を歩もうとしていたように見えますし、彼の半生において“いい時代”もあったと思うのです。これまでにも彼の中でターニングポイントが幾つかあって、そこで踏みとどまるポイントがあったのではないかと。“青葉被告だけが特別ダメだった”で終わらせてはいけない。社会全体で考えないといけない事件なのだと思っています。
── 取材を通して心情の変化はありましたか?あるとすればどのように変化しましたか?
宇都宮ディレクター
正直未だに答えは出ていないのですが……。青葉被告が生かされて裁判に臨んだことに対して、彼を見たくないし声も聞きたくないというご遺族も沢山いらっしゃいます。そんな中、京アニ事件をニュースで取り上げることによって見る人を傷つけてしまうのではないか、といった葛藤もありました。そして裁判が始まってからもその気持ちは残っていました。裁判で青葉被告が自身の生い立ちや犯行に至るまでの経緯を詳細に話す様子を見て、この事件をこのまま終わらせるわけにはいかない、社会で考えるきっかけを作らないといけないという気持ちが強くなりました。
── この番組を通して伝えたいメッセージとは?
宇都宮ディレクター
もし青葉被告があのまま亡くなっていたら、裁判は開かれていません。生かされたからこそ青葉被告は罪と向き合う可能性があるし遺族も被告に問い続けることができる。そして、被告を生かした主治医、さらに私たち社会全体で“生かされた理由”を考えべきではないか。そういった思いから「生かされた理由~京アニ事件の深層~」というタイトルを付けさせていただきました。
── 今後もこの取材は続けていかれますか?
宇都宮ディレクター
今後控訴審についても、傍聴と取材続けていきたいです。一度罪を犯した人たちが孤立化し、再犯することを防ぐためには何ができるのかなど、別の切り口から取材をしていきたいと思っています。
取材・文:ごとうまき