【動く美術館へようこそ】北欧の巨匠ロイ・アンダーソン新作『ホモサピエンスの涙』

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エンタメ

これまでに「散歩する惑星」(00),「愛おしき隣人」(07),「さよなら、人類」(14)などを手掛けた北欧の名匠ロイ・アンダーソンがメガホンをとった「ホモ・サピエンスの涙」が現在、各劇場で公開中。劇映画の概念を壊し新たな 未知なる領域に踏み込んでいる。圧倒的映像美とスモークがかった色彩が印象的な本作はまるでサイレント映画を思わせるかのようだ。本作は時代背景が異なる人々が繰り広げる33ものエピソード、人間の生き様を全てワンシーン、ワンカットで撮影している。

これは風刺なのか、悲哀か、総合芸術作品の極みなのか。どことなくシュールで、だけど絵画のように美しく、その一瞬一瞬から目を逸らすことができない。短くて濃い76分である。

33シーンをワンシーンワンカットで撮影

33のシーンの中で印象に刻まれたのが、十字架を背負い歩く男のシーン、そして敗北を悟った瞬間のヒトラーと思える男や、兵士に支柱に縛られ、命乞いをする男、そして吹雪の中でシベリアの捕虜収容所に向かって歩いてゆく軍隊の隊列を映し出す光景などに、まさに20世紀の戦禍の時代を映し出している。

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敗北を悟ったヒトラー

他に『来世でも僕たちは出逢うけど、その時君はジャガイモかもしれない。いやトマトかもしれない』と若い男が言うとすぐさま女の子が『トマトのほうがいいわ』と返すシーン。若い男女が愛を語り合うシーンではあるが、いかにもヨーロッパらしいエスプリが効いた会話が心地良い。他にもシャンパンをひたすら飲む女、大量の札束をベッドの下に隠している大柄の男や、信仰に迷った牧師や、嫉妬に苦しむ男など、本人たちにとって悲哀ではあるが、他人にとってはどうでもよくて、むしろ滑稽にも映ることだってあり、それこそ私たちの人生の起こり得る悲喜劇を切り取り映し出している。スウェーデン語での原題タイトルは「果てしない物語」、そう、古今東西答えを求めて彷徨い続ける私たち人類に対しての慈愛を込めた作品である。

(C)Studio 24 シャンパンが好きでたまらない女。このバックに流れる音楽「All of Me」がよきよき。

(C)Studio 24 土砂降りの中、お誕生日会に向かう親子

 

(C)Studio 24 マルク・シャガールの絵を思わせるようなシーン。戦果で荒廃した街を上から眺める恋人同士。

(C)Studio 24 神に絶望する牧師

作品詳細

監督:ロイ・アンダーソン
キャスト:マッティン・サーネル他
製作:2019年製作/76分/G/スウェーデン・ドイツ・ノルウェー合作
原題:About Endlessness
配給:ビターズ・エンド

上映映画館

KANSAIPRESS編集部から

KANSAIPRESS編集部マキが作品を実際に観ての感想を忖度なしで書きます。

マキ

これは眠りを誘う究極の芸術作品か!?

文句なしの映像美!ワンシーン、ワンカットで撮影された33のエピソードは風刺ともいえるようなシュールな短い物語が33話ある。時代背景の異なる市井の人の織りなす悲喜劇は、本人にしてみると深刻な問題だけど、傍から見れば大したことない問題であるが、まぁ、私たちの人生はこんなもんなんでしょう。前に進むしかなく物語は続いていく。

(C)Studio 24 冒頭のシーン  北欧の曇りがちな空が本作の良さ、美しさを際立たせている。

本作は観る人によってハッキリと好みがわかれるであろう。好きな人はたまらなく好きな作品だけど、分けわからんという人にはサッパリだと。でもアートって分けわかんないもんでしょ?自分の中でどうかみ砕くかだ。それこそ個人の感性に委ねられる。

物語に起承転結がないのでとにかくひたすら催眠をかけられているよう。映像もモノクロっぽく、おしなべて登場人物の動きはゆっくりで、寡黙、ほぼサイレント映画。たまに語りの女性がポエムのようなことを呟くのだけど、それが子守唄のようで何度も睡魔と戦っていた。時おり流れる讃美歌がさらに追い打ちをかけるように眠りを誘う。睡魔との戦いにあっけに敗れ、10分ほど寝てしまったのが悔しい。映画館で気持ちよく寝たい人にはもってこいの作品だ。

雪が舞う夜にBARで男が『素晴らしいよな!』となんども叫ぶシーン。生まれた瞬間に死に向かっている私たちは、この世に生きていること自体が素晴らしいんだよな。な!

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最後のシーンが私は一番好きだ。あの青い大空と果てしなく続く道の途中で、エンストしたクラシックカーとおじさん。時代も年齢も性別も超えた”永遠”を思わせるシーン。観る人を選ぶ極端な作品ではあるが、圧倒的映像美に、構図、美しい音楽でこれだけで観て良かったと私は大満足。尺の長さも短いからこそ良い。人生やっぱり、愛とエロスがなくっちゃね。

文/ごとうまき