【上妻宏光ロングインタビュー】宮田 大さんとのDUOは唯一無二「日本ならではのものを世界に発信していきたい!」

アーティスト

日本を代表する三味線奏者の上妻宏光と、チェリストの宮田大による日本発、世界初のアコースティックセッションツアー! 「上妻宏光 宮田大 Duo Concert Tour -月食-」が関西では、2024/11/16(土) 住友生命いずみホール、11/17(日) 神戸朝日ホールにて開催される。“伝統と革新”をテーマに、三味線と多様なジャンルの音楽との融合により、新たな音楽シーンを切り開いてきた上妻宏光が、チェロとの演奏に初挑戦!コンサートツアーへの意気込みや、来年25周年に向けての“これまで”と“これから”を語っていただきました。

東洋と西洋の融合

── 今回このような形のコンサートをやりたいと思ったきっかけを教えてください。

上妻
津軽三味線はジャズのように即興で演奏するのが主体なので、10年、100年先でも演奏できるような曲を作りたいと以前から思っていました。そこでアコースティックスタイルのコンサートをやりたいと思った時に、中域から高域の音が出る三味線に合う低音の楽器で、かつメロディーも奏でられる楽器となると、チェロだと。そこで以前から共演したかった宮田くんに声をかけさせていただきました。

── 本公演は“月の満ち欠け“をテーマに、楽曲カバーや新作が披露されます。“月の満ち欠け”をテーマにされた理由は?

上妻
東洋と西洋の音楽が融合し、混ざり合う自然な現象と、太陽と月が重なる「月食」をイメージしました。どちらも神秘的な現象です。新作はもちろんのこと、クラシックホールで、三味線とチェロで奏でる繊細な「月の光」(ドビュッシー)は聴き応えがあるかと。「セゴビアの夜」は、もとはクラシックギターとの編成で書いたものを、チェロとの編成で改めてアレンジしました。チェロの良さが引き立つように仕上がっていると思います。

宮田さんとの共演によって“ロジックさ”が加わった

── 宮田さんと共演されていかがですか?

上妻
いろんなジャンルの方と積極的に共演をしている人なので、土台がしっかりしつつも、柔軟な人という印象があります。性格も真面目できちんとしていて、それでいてユーモアもある。2人ともお酒が好きで一緒に飲みに行ったりもします。彼はスキューバダイビングをして、僕はサーフィンをするので、海の話もよくしますよ。

── ツアーを通して2人の仲がさらに深まりそうですね。

上妻
回を重ねる度に音を出すタイミングや、会場によっての音の響かせ方、音の出し方、互いの駆け引きが“阿吽の呼吸”のように出来るようになってきました。ツアーを通して、さらに熟成していくのではないかと、楽しみにしています。

── これまでいろんなジャンルの方とセッションをされていますが、宮田さんとはどのような化学反応が起こりますか?

上妻
僕はこれまでずっと感覚で演奏してきましたが、宮田くんは具体的に言葉で表現してくれる。きちんと譜面に起こすという作業をしているんです。なので宮田くんとやることによって、譜面を読むのが早くなりました(笑)。僕は常に世界に対して、“日本ならではのものを作りたい!”という気持ちがあります。この組み合わせは唯一無二だと自負していますし、海外での公演も目指しながら、宮田くんといろんなプログラムを作っていきたいと思っています。

── 「Duo Concert Tour -月食-」の魅力や見どころを教えてください。

上妻
きっと皆さんが初めて体感する時間になると思います。そして、西洋と東洋の弦楽器が上手く混ざることに加え、(三味線とチェロを合わせて)7本しかない弦での胸に広がる世界観をたっぷりと味わってもらえたら……。是非、期待して聴きに来ていただきたいです!

革新をすることでそれが伝統になる

── “伝統と革新”をテーマに活動しておられますが、このテーマに行き着くまでにどのようなストーリーがあったのでしょうか。

上妻
民謡を6歳からやってきましたが、もっといろんな人に三味線を聴いてもらいたいし、ミュージシャンにも三味線の良さを知ってもらいたくて、17歳の時にロックバンド・六三四Musashiに加入しました。着物着て、洋服着てと、民謡とバンドの活動を並行して行っていました。今も様々な活動をしていますので、その部分は変わらないかもしれないですね。

── 伝統を守りながらも、新たな世界を切り開いていくことは、どの世界でもそうですが一筋縄ではいきませんよね。

上妻
どのジャンルでもそうですが、伝統と呼ばれるものは、全てその時代の先端の音楽や演劇などでした。クラシックもそうです。革新をする事でそれが淘汰されて伝統となる──。とにかく昔から三味線が大好きだったので、ただ“三味線の良さを広めたい”という一心でした。「これは津軽三味線じゃない!」といった声や「なんで三味線やってるのに茶髪なんだ」「ピアス開けてるんだ」と、過去にはいろいろ言われた事もありました。ですが、あまり気にしませんでした。当時は若かったこともあり、生意気でしたね(笑)。とにかく自分の地位を上げて、対等に仕事をしたい!って思っていましたから、縋ることもしなかった。なので10代や20代の頃はあまり仕事にまれない環境を自分で作っていたかもしれません。

── 様々なジャンルのアーティストとセッションをされ、それを継続することでいまの地位を確立されたのですね。

上妻
共演する度に影響を受けています。世界の国々によってそれぞれ文化や言葉も異なるように、音楽のジャンルによってもルールが全く違う。曲の作り方から楽屋、ステージングまで違うんですよ。でも僕はその違いが面白くて、楽しんでやってきました。

── これまで最も影響を受けたアーティストは?

上妻
沢山いますよ。ただ、やっぱり伝統を守りながら、新たな音楽シーンを切り開いている人に共感しますね。例えばスペイン音楽フラメンコを世界的に広めたギター奏者、パコ・デ・ルシアさんやエレクトリックベース奏者、ジャコ・パストリアスさんなど……。新しいことをしても基礎がしっかりしているから、ベーシックな香りがする。そんなプレイヤー、アーティストを目指していたので、そういった世界中の人たちの曲をカセットテープ、レコードからCDと沢山聴きました。

好きなものを見つけて邁進できることが人生において何よりの幸せ

── 世界中のさまざまなジャンルの音楽を学んでこられたのですね。

上妻
“学ぶ”という意識はなく、吸収したい、聴きたい!という気持ちでした。三味線に対しても“練習する”といった概念がありません。ただただ好きだから。好きなものを見つけてそこに邁進できるのが人生において一番幸せなことかもしれないと、僕は思っています。僕は、明日死んでも後悔しないくらい好きなことをしています。まだ死にたくはないけれど(笑)。

── “好きなことを極める”って、それはそれで難しそうです。

上妻
はい、極めるって難しいですよ。余白があるからこそ創作意欲も湧く。音楽や芸術の面白いところは、身体(指など)が動かしづらくなっても、シンプルな動きで奏でることができること。音楽ってグルーヴですから、そこに乗ることができれば、一つや二つの音でも奏でることができます。

── 来年で25周年を迎えられます。今後の展望や挑戦したいことなどを教えてください。

上妻
これまでやってきた自分の技術を伝承していきたいと思っています。一つの道を極めることも素晴らしいですが、僕には二つの道がある。これまでいろんな方と共演したことで、古典にはない音の出し方や撥の当て方、フレージングなど……を、身につけることができました。自分なりの表現の幅を広げてきたので、その面白さを伝えていけたらと思います。「今後共演したいアーティストは?」と、よく聞かれるのですが、いまは制作欲求の方が強くて。これまで自分でも作曲をしてきましたが、今後は音楽理論を知っている人に書いてもらい、三味線が活きる技法やメロディー、独自の音楽を作っていきたいです。

 

インタビュー・文・撮影:ごとうまき