石井裕也監督の切なる思いと祈り、尾野真千子の生命力に溢れた演技、本作に関わる全ての人たちの情熱と想いを感じてほしい。
「舟を編む」「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の石井裕也監督がコロナ禍において書き上げたオリジナル脚本に、超実力派女優の尾野真千子が届ける人生讃歌。コロナが本格化してはや一年、出口の見えないトンネルの中を私たちは生きている。表情も心も覆い被されたマスク生活、生活が困窮する人々、また若い世代の自殺者も後をたたない。エンタメ業界だってそりゃもう大変なわけで、5月20日の公開前夜最速上映会では尾野真千子さんが涙を流しながら『命をかけて作りました』と訴えた。
Contents
歪んだ現代社会と理不尽に対しての怒り
本作は社会的階層で言うならば比較的下の階層、いわば社会的弱者の現状を可視化した作品だ。
この状況は生殺しである。見えない不安に押しつぶされそうになりながらもひたすら歯を食いしばって生き続けている人たちへ、どうか生きてほしい、希望と愛を捨てないでほしいという石井監督の切なる思いと祈りが込められている。
コロナによって多くの映画の製作や劇場公開が延期・中心されているなか、本作は去年8月に撮影、劇場公開までのこのスピード感には監督の熱意がひしひしと伝わってくる。
クソッタレな社会と理不尽さに対する怒り。その怒りの一つが世間からの批判で賑わせた“上級国民”、2019年東池袋自動車暴走死傷事故だ。本作はコロナ禍を生きる社会的弱者に加え、この痛ましい事件も一つのテーマとして加わっている。日本人が好きな“ルール”によって殺される人々。“上級国民”たちは本作を観て何を感じるのだろうか。
あらすじ
歪んだ社会に翻弄されながらも逞しく生きる親子の姿を描く
7年前に夫を理不尽な交通事故で亡くし、中学生の息子純平を一人で育てている田中良子。彼女は加害者側が謝らなかったという理由で賠償金を受け取らなかった。良子はスーパーの花屋と風俗店での仕事を掛け持ちしながらなんとか生計をたてているが、さらに義父の介護施設の毎月の支払い、亡き夫が愛人との間に作った子どもの養育費の支払いなどもあり、家計は火の車だ。それに加えて息子の純平は中学でいじめにあっている。そんな彼女たちが最後まで絶対に手放さなかったものとはーー。
良子に尾野真千子、息子の純平役に「ミックス。」の和田庵が演じ、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏らが顔をそろえる。
レビュー
内容的にはハードで重い、だけど所々に散りばめられた“笑い”とシュールな描写とエンディング曲がこの重さを緩和している。
本作は母と息子の物語であると同時に風俗で働く一人の女性の生き様も描いている。主人公良子が働く風俗店での同僚のケイちゃんの人生も壮絶なものだ(ケイちゃん役の片山友希がとてつもない存在感を放っていた)。本作には救いがほとんどない。これでもかと言うほどの不幸やトラブルが降りかかり観ている側がこの状況に泣きたくなるほどた。だけど、どん底の中にも必ず希望、光があることを信じたい。どうか命だけは絶たないでほしい。生きていれば必ずいつか光が差し込むから。
いま多くのミニシアターが“理不尽なルール”のせいで殺されそうになっている。おかしいよね、狂ってるよね、この世界は。
ぜひ劇場で見て欲しい。愛を込めて。
茜色に焼かれる
文/ごとうまき