【インタビュー】福田こうへい、五十路を前に刻む「志」とふるさとへの想い 「上手い歌手ではなく、味のある歌手に」

インタビュー

民謡で鍛え上げた唯一無二の響き、そして東北の風土を背負った佇まいと歌声で多くのファンを魅了し続ける福田こうへいさん。2026年元日にリリースされた新曲『志~こころざし~』は、まさに彼の歩みと魂を映し出した一曲となりました。3月に控える大阪・新歌舞伎座公演、そして歌手デビュー15周年を目前にした今、亡き父への想いや、自らの「志」についてじっくりとお話を伺いました。

 亡き父と恩師が重ね合わせた「宛て書き」の歌詞

―― 2026年の幕開けを飾る新曲『志~こころざし~』。拝聴させていただきましたが、これはまさに福田こうへいさんの生き様そのものを描いた「宛て書き」のような一曲だと感じました。

福田
そうですね。作詞をされた荒木の父さん(荒木とよひさ氏)とは、普段からお酒を酌み交わす深いお付き合いをさせていただいています。私がどういう経緯で歌手になったのか、亡くなった親父のこと……いろんな話をさせていただく中で、父さんが私という人間を読み取って作ってくれた一曲だと感じています。

―― 歌詞の中には「孫」という言葉も出てきますね。

福田
親父は51歳で亡くなったんですが、ちょうど今年で没後20年になるんです。親父は民謡歌手でしたから。荒木の父さんは、私が親父の背中を追ってきたことや、親父が歌いたかったであろう「孫」への想いなんかも、全部汲み取ってくれたんでしょうね。

―― 今回の楽曲、イントロのギターから非常に格好良く、アレンジも印象的です。レコーディングで意識されたことはありますか?

福田
実は、今回こだわったのが「サビから始まる」という構成なんです。今までの私のオリジナル曲にはなかったパターンで、そこは自分から荒木の父さんにリクエストしました。レコーディング当日までどういう編曲になるか分からない不安と楽しみがあるのですが、弦(哲也)先生が素晴らしい世界観に仕上げてくださいました。

歌う時は、一発目から気合を入れすぎないように気をつけています。テイクを重ねるごとに徐々に自分のテンションを上げて、最高のバランスを探っていく。心の中にある「熱」をどう声に乗せるか、そこは非常に繊細な作業でした。

「これで良し」はない。農家、サラリーマンを経て抱く志

―― 福田さんは、農業や呉服屋の営業といった異色の経歴をお持ちです。当時から変わらず持ち続けている「志」とは何でしょうか。

福田
サラリーマン時代も、農家をやっていた時も、そして歌手である今も変わりませんが、「教えられるのを待つばかりではない」ということですね。ヒントは必ず周りにある。それにいつ自分が気づいて、成功への路線に乗せられるか。それを常に探し続けています。

―― 常に前を見据えていらっしゃると。

福田
 「これでいい」というゴールはありません。階段を一歩ずつ上がっていく中で、一度踏み出した階段からはもう下りない。とにかく前だけを見て進んでいく。今回の歌には、そんな私の覚悟も込めています。

―― 福田さんの歌を聴いていると、東北の厳しい、けれど温かい風景が浮かんできます。故郷への確固たる思いについて聞かせてください。

福田
 幼い頃から、親父の歌、お袋の手踊り、そして郷土の仲間たちの暮らしが常にそばにありました。「どういう歌が人を喜ばせ、感動させ、人を動かすのか」。歌手になる前から、不思議とそれを観察していた気がします。ただ「聴かせよう」「笑わせよう」と力むのではなく、自然にお客さんが身を乗り出してくれるような、体で感じてもらえる歌を届けたい。その根底には、やはり岩手の風土があるんでしょうね。

震災から15年。忘れられない光景と「元気にして返す」という誓い

―― 今年で東日本大震災から15年となります。当時、トラックをステージにして被災地を回られたエピソードは有名ですが、今でも忘れられない光景はありますか。

福田
 一つ、強烈に覚えている光景があります。ある場所で歌った際、最前列にご近所同士の方が二人並んで聴いてくださっていたんです。一人は家を流され、もう一人はギリギリで家が残った。歌が終わった後、そのお二人が激しい喧嘩を始めてしまって……。

―― 複雑な感情が溢れてしまったのですね。

福田
 残った側への嫉妬、流された側への申し訳なさ。目の当たりにした時は本当にショックで、笑顔で歌うことができませんでした。でもその時、阪神・淡路大震災で被災された方々が助けに来てくださっていて、「自分たちも立ち直ったんだから、皆さんも大丈夫だよ」と励ましている姿を見たんです。人は人に支えられて生きている。その実感が、今の「コンサートに来てくださったお客様に、元気という種を持たせて帰したい」という強い想いにつながっています。復興支援は、これからも歌手として続けていくべき使命だと思っています。

 新たな挑戦と、大阪・新歌舞伎座への期待

―― カップリングの『蛍火』は、オリジナルとしては初のムード歌謡ですね。

福田
 はい。コンサートのコーナーではよくカバーさせていただいていますが、自分の曲としては新鮮でした。正直、表現するのが少し恥ずかしい部分もありましたが(笑)、聴いてくださる方はその世界に入り込んでくださるので、照れてはいられないなと。これを機に、先輩方の名曲とともにムード歌謡というジャンルもしっかり自分のものにしていきたいですね。

―― 3月には大阪・新歌舞伎座での2日間公演が控えています。10回目の節目となりますが。

福田
新歌舞伎座さんは、客席からの「声掛け」が一番多い、本当に楽しい場所なんです。お芝居の途中でも話しかけてくださる(笑)。そんな温かさに私自身が元気づけられることも多いです。今回は1日目と2日目で時間帯も違いますし、その時の空気感、お客様の反応を見て、歌の強弱や流れをその場で変えていきたいと思っています。

親父を超えたい、けれど「まだだ」と言われる

―― デビュー曲『南部蝉しぐれ』は、もともとお父様が歌われる予定だった曲でしたね。デビューから14年、この曲への想いに変化はありますか。

福田
 親父が生きていれば、私はこの世界にはいませんでした。親父が亡くなった51歳という年齢に自分が近づいてきて、改めて「親父はもっと歌いたかっただろうな」と感じます。だから今は、二人分の意気込みでステージに立っています。この曲で勇気づけられたという声をたくさんいただくので、何年経っても決して簡単に歌ってはいけない、大切な曲です。

―― 今年9月には50歳を迎えられます。15周年の節目でもありますが、これからのビジョンを教えてください。

福田
格好をつけて言えば、50歳になるまでの数ヶ月をしっかり準備して、50代ならではの「味のある歌手」になりたいです。14年間、手抜きをせずに懸命に走り続けてきました。15周年についてはまだ事務所と相談中ですが(笑)、一回一回の公演を全力のパフォーマンスでお届けすることに変わりはありません。

―― 天国のお父様が今の福田さんをご覧になったら何とおっしゃるでしょうね。

福田
「まだまだだな」って言うでしょうね。そういう親父でしたし、一生褒めてはくれない気がします。でも、それがまた自分を前進させてくれるんです。上手な歌手はたくさんいますが、「声を聞いただけでこの人だとわかる」「唸らせるような個性がある」、そんな歌手であり続けたい。それが今の私の「志」です。

―― 最後に、ファンの皆様へメッセージをお願いします。

福田
私の歌を聴いている間だけは、病気のことや嫌なことを全て忘れてほしい。必ず元気にしてお返ししますので、ぜひ会場へ足を運んでください。応援よろしくお願いします!

【リリース・公演情報】

■ 新曲情報

『志~こころざし~ / 蛍火』

* 発売日: 2026年1月1日

* 品番: KICM-31185

* 価格: 1,500円(税込)

* 収録曲: 1. 志~こころざし~ 2. 蛍火(各カラオケ付)

■ 公演情報

福田こうへいコンサート2026 in 新歌舞伎座 (※残席わずか)

* 日時:

* 3月10日(火) 15:00開演

* 3月11日(水) 12:00開演

* 問い合わせ: 新歌舞伎座テレホン予約センター(06-7730-2222)

【編集後記】

今回のインタビューで最も印象的だったのは、福田さんが発する「言葉の温度」でした。新曲のタイトルにもなっている『志』という言葉。ともすれば重く、硬く響きがちな言葉ですが、福田さんが語ると、それは決して遠い理想ではなく、日々積み上げてきた「誠実さの積み重ね」なのだと気づかされます。

取材中、故郷・岩手のお話になるとき、その柔和な瞳の奥に強い光が宿ります。「標準語では喋らない」と決めたというエピソードからも、飾らない自分をさらけ出すことで、聴き手との「見えないキャッチボール」を何よりも大切にされていることが伝わってきました。

50歳という大きな節目を前に、「上手い歌手よりも、味のある歌手に」と語る福田さん。亡きお父様と二人分の情熱を胸に、ステージでどのような「味」を見せてくれるのか。その力強い歌声が、また多くの人の心に元気の種を蒔く光景が、今から目に浮かぶようです。

インタビュー・文:ごとうまき