権力に立ち向かうジャーナリズムの真実―映画『非常戒厳前夜』

ドキュメンタリー

韓国現代史の重大局面を記録した渾身のドキュメンタリー

2024年12月3日深夜、韓国全土に衝撃が走った。ユン・ソンニョル大統領による突然の「非常戒厳」宣布である。この歴史的な瞬間から始まる混乱と、その背後に隠された真実を追った映画『非常戒厳前夜』が、9/6(土)より[東京]ポレポレ東中野、9/20(土)より[札幌]シアターキノ、9/27(土)より[大阪]第七藝術劇場ほか全国順次公開中だ。

本作は、韓国の調査報道専門・非営利独立メディア「ニュース打破(タパ)」が製作したドキュメンタリー映画だ。2024年12月3日のユン・ソンニョル大統領による突然の「非常戒厳」宣布から始まった韓国の混乱を詳細に記録し、その裏側で進行していた国家権力による言論弾圧と、それに立ち向かったジャーナリストたちの闘いを生々しく描き出している。

(C)KCIJ-Newstapa

(C)KCIJ-Newstapa

200万人が立ち上がった歴史的瞬間

戒厳令宣布後、韓国社会は前例のない混乱に陥った。しかし、市民たちは黙って見過ごすことはしなかった。200万人規模のデモが連日繰り返され、立ち上がった市民たちは最終的に大統領弾劾を実現させた。2025年7月にはユン前大統領が再逮捕され、8月12日にはキム・ゴンヒ前大統領夫人も逮捕される事態に発展している。

だが、なぜユン大統領は無謀とも思える「非常戒厳」を宣布したのか。その答えは、日本のマスメディアがほとんど報じることのない、ユン政権による執拗なメディア弾圧の実態にある。

(C)KCIJ-Newstapa

報道の独立性を守り抜く「ニュース打破」の闘い

本作を製作した「ニュース打破」は、イ・ミョンバク政権のメディア介入によって公共放送を不当解雇されたあるいは辞職を余儀なくされたジャーナリストらが中心となって2012年に設立された調査報道専門の独立メディアである。報道の独立性を徹底的に守るため企業広告を一切受けず、約6万人の市民からの支援だけで運営されている稀有な存在だ。

同社はこれまでも権力の闇を暴く作品を手がけてきた。映画『共犯者たち』では保守政権によるメディア統制の実態を、『スパイネーション 自白』では国家情報院によるスパイ捏造事件を追及し、いずれも日本でも劇場公開されて大きな反響を呼んだ。そして今回の『非常戒厳前夜』は、まさに彼らが身をもって体験した権力との闘いの記録である。

(C)KCIJ-Newstapa

(C)KCIJ-Newstapa

ジャーナリズムが民主主義を救った瞬間を目撃せよ

監督を務めたのは、「ニュース打破」の代表を務めた経験もあるキム・ヨンジン。彼は単なる傍観者ではなく、ユン政権の不正を追及し続けてきた当事者として、この歴史的事件を内側から捉えている。ユン政権下で行われた言論弾圧に立ち向かったジャーナリストらを捉えたドキュメンタリーとして、権力に屈しないジャーナリズムの姿勢を鮮烈に描き出した。

キム・ヨンジン監督
(C)KCIJ-Newstapa

本作は単なる政治ドキュメンタリーを超えて、民主主義とは何か、報道の自由とは何かを問いかける普遍的なテーマを扱っている。韓国で起きた出来事は決して対岸の火事ではない。権力とメディアの関係、市民と民主主義の在り方について、観客一人ひとりが深く考えさせられる作品となっている。

現代韓国の激動の瞬間を記録した貴重な証言として、また権力に立ち向かうジャーナリズムの勇気を讃える物語として、『非常戒厳前夜』は必見の一作である。

映画情報

原題:압수수색: 내란의 시작
英題:Search and Seizure: The Rise of an Insurrection
監督:キム・ヨンジン
企画・製作:ニュース打破

2025年/111分/韓国/ドキュメンタリー
配給:アギィ
公式サイト:https://aggie-films.jp/hkz/

関西公開日
9/27(土)〜第七藝術劇場
10/3(金)〜京都シネマ
10/4(土)〜元町映画館

文:ごとうまき