【インタビュー】俳優・筧利夫、言葉の迷宮へ挑む。こまつ座初出演『国語事件殺人辞典』に込めた覚悟

インタビュー

2026年4月、大阪・新歌舞伎座。作家・劇作家・井上ひさしが遺した傑作『国語事件殺人辞典』が、ついに「こまつ座」で初上演される。主演を務めるのは、圧倒的なエネルギーで舞台・映像を縦横無尽に駆け抜ける俳優、筧利夫。

昭和の名優・小沢昭一がかつて演じた伝説の役に、還暦を迎え「熱海の緑」の中で思索を深めた筧がどう対峙するのか。公演を目前に控えた彼が、言葉への情熱と独自の役作りを語り尽くした。

大阪・新歌舞伎座への初進出。「関西の笑い」を待ち構える

――今回、久々の大阪公演となりますが、会場となる「新歌舞伎座」は初めてだと伺いました。まずは今の率直な心境をお聞かせください。

そうなんです。私、久々の大阪公演なんですが、実はこの新歌舞伎座さんの舞台に立たせていただくのは初めてでして。東京のホールよりも3倍以上大きな劇場ですから、エンターテインメントとしての見せ方や、お客さんの感じ方もまた変わってくるはずです。何より、大阪・関西特有の空気感の中で芝居ができるのが楽しみですね。東京とは違った形の「楽しいお芝居」になるという確信があります。

――大阪のお客さんは、演じる側から見て反応の違いなどはありますか?

やはり笑いの文化の中で育っていらっしゃいますから、実によく笑ってくださる。そうなると、演じる側としては「笑い待ち」の時間を普段より長く取る必要があるんです。東京ではテンポ重視でギチギチに詰めるところも、大阪では少し広げないと、セリフが笑い声にかき消されてしまいますからね。ただ、笑ってくれるからといって油断はできません。「笑うだけ笑って、アンケートには『つまらんかった』と書く」のも大阪のお客さんですから(笑)。最後まで気を引き締めて、言葉の一つひとつを届けていくつもりです。

井上ひさしの「言葉」との格闘。ラジオドラマでも成立する完璧な劇作

――本作『国語事件殺人辞典』の台本を読まれた際、どのような感想を抱かれましたか?

衝撃でした。私たちは普段、当たり前のように日本語を使っていますが、その成り立ちや深さを、実ははっきり知らないまま生きてきたんだなと。井上ひさし先生の書かれたセリフを追うだけで、日本語というものの本質が浮き彫りになる。芝居として面白いのはもちろんですが、とにかく「ためになる」作品です。あまりに見事な劇作なので、「お芝居の前にまず、ラジオドラマでやった方がいいんじゃないか?」と思ったくらいです。

――「ラジオドラマ」ですか。それほど言葉の力が強いと。

普通、演劇の台本というのは視覚的な動きが必要で、音だけで成立させるのは難しいものなんです。しかしこの作品は、音だけでも100%面白さが伝わる。井上先生は映像の仕事もされていたからか、セリフが「舞台」と「映像」の中間のような絶妙な形をしているんですね。今、SNSの炎上や不適切表現の削除といった「言葉の課題」が叫ばれていますが、40年以上前に書かれたこの作品が今の時代に丸ごと再現されることで、現代の人たちがどう受け止めるか。そこに大きな意味があると感じています。

役作りは「バーベル」と「チャットGPT」? 驚きのセリフトレーニング

――今回演じるのは、国語学者の花見万太郎という人物です。どのように役を捉えていますか?

花見は、井上ひさし先生が言葉と格闘し、大切にしてきた精神の象徴のような役です。国語学者の役ですから、当然イントネーション一つとっても厳格でなければならない。でも、実は最初オファーをもらったとき、客観的に読んで「この作品、面白いなあ!」と他人事のように感動して二日後にOKを出したんです。その直後に「あ、これ俺がやるんだった!」と慌てましてね(笑)。今はしっかりと「自習」を重ねて、自分自身を花見万太郎だと思える境地まで来ています。

――その役作りのために、かなり特殊なトレーニングをされていると伺いました。

ええ。セリフを淀みなく、体に叩き込むために「セリフトレーニング」をやっています。バーベルを持ち上げたり、ウエイトの入ったベストを着たり……。最近はバランスボールに乗って、下半身をグラグラさせながらセリフを喋り続けています。

――それは一体、どのような効果があるのでしょうか。

体が不安定な状況に置かれると、意識がそっちに向く。そうすると、セリフを喋るときの余計な雑念がなくなるんです。プランクをやりながら一言一句間違えずに喋り続けるトレーニングもやりました。あとはね、チャットGPTにも相談しましたよ。「気持ちが掴みづらい説明セリフはどうすればいいんだ?」って。

――AIに役の相談をされたのですか?

そうしたら「作家に命令された通りに喋ればいい。バラエティ番組で指示を耳元で受けている時のように、2拍置いてから指示通りに言葉を発してみろ」なんて返ってきまして。実際に家で試してみたら、これが意外と通る。もちろん、それだけが全てではないですが、国語学者として「これはこうなんだよ」と理知的に説明するシーンにおいて、自分を「指令を遂行する存在」として置くのは一つの大きなヒントになりました。

熱海の緑がもたらした「深く考える余地」

――還暦を過ぎ、拠点を熱海に移されたことも話題になりました。環境の変化は俳優としての姿勢に影響していますか?

今の方が、昔よりも難しく、深く考えるようになりました。昔は勢いだけでやっていて、完璧に覚えたセリフをぶつけて、あとは「野となれ山となれ」という部分があった。でも今は、窓から外を見れば緑の山しかない。東京に住んでいた時のように、歩いているだけでパンパンに詰まってくる情報がないんです。

余計なことを考えない生活をしているからこそ、役に対して「なぜここでこのセリフなのか」を緻密に考える「余地」が生まれた。今回の『国語事件殺人辞典』という、責任の重い作品と出会ったのも、今の環境だからこそトライできているのだと思います。

――俳優人生の中で、今大切にされている言葉などはありますか?

「よけない」ですね。あとは「どかない」。逃げない、諦めないという言葉はよくありますが、私は「どかない、避けない」。一度やると決めた場所からは、何があっても動かない。今回は小沢昭一さんという先人がいらして、井上ひさし先生がいらして、その歴史ある「こまつ座」の作品を引き継ぐわけです。タロット占いで見てもらったら「お二人とも好意的ですよ」と言われたので安心しましたが(笑)、そうでなければ怖くて立てませんよ。

――最後に、大阪のファンに向けてメッセージをお願いします。

新歌舞伎座を愛し、この劇場の舞台を信じている皆さんに、ぜひ足を運んでいただきたい。この劇場の顔に泥を塗るわけにはいかないという「二重の決意」で挑みます。言葉というものに挑戦し続けた井上先生の姿を、我々が舞台を通じて体現します。大阪の皆さんを明るくするために、キャスト・スタッフ一同で参りますので、どうか楽しみにしていてください。

【公演情報】

こまつ座 第157回公演『国語事件殺人辞典』

* 日程: 2026年4月4日(土)・5日(日)

* 会場: 新歌舞伎座(大阪市天王寺区上本町6丁目5番13号)

* 開演: 昼の部 12時 / 夜の部 17時(※4月5日は昼の部のみ)

* 料金: S席(1・2階) 11,000円 / A席(3階) 6,000円

* チケット発売中

* お問い合わせ: 新歌舞伎座テレホン予約センター 06-7730-2222(10時〜16時)

作・井上ひさし、演出・大河内直子

出演:

筧 利夫、諏訪珠理、佐藤正宏、青山達三、池岡亮介、景山仁美、浦野真介、北原日菜乃、飯田邦博、西川 瑞、西村 聡、加藤 忍、清水 緑

取材・文:ごとうまき