【木村徹二インタビュー】リスペクトで支え合う兄弟愛、世の“二代目”にも届ける等身大ソング

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 デビュー曲「二代目」を昨年11月にリリース。父に鳥羽一郎、叔父に山川豊という2人のDNAを引き継いだ歌謡界のサラブレッド・木村徹二。ガツンと響くアイアンボイスというキャッチフレーズ通り力強い歌声に定評があり、さらに持ち前のトーク力を活かしてメディアでも活躍の場を広げている。

 7月26日には「二代目」特別盤がリリースされ、週間USEN HIT演歌/歌謡曲ランキング(7月21〜7月27日)では1位を獲得、「二代目」MVのYouTube再生回数は101万回(8月22日時点)と絶好調だ。今回発売された「二代目」特別盤には「夢の花道」、ボーナストラックには鳥羽一郎の名曲「海の祈り」の3曲が収録されていて、木村の新たな魅力が詰まった1枚となっている。

 今回はそれぞれ楽曲の制作秘話や、兄や父への思いなどを語ってもらった。趣味の筋トレで鍛え上げたがっしりとした体格に爽やかな笑顔の好青年という印象で、話すと礼儀正しく丁寧な木村さん。取材を通して見えたのは、兄・竜蔵さんへのリスペクトで支え合う兄弟愛だった。

ファンの方を通して譲り受けた父の衣装。

── 「二代目」特別盤のジャケットは「山陽道」のジャケット写真のオマージュとのことですが……。

木村
衣装は、実際に当時父が着ていたものなんですよ。「二代目」特別盤を出そうとしている時、兄がフリマサイトで偶然見つけたんです。ただ売りに出されているわけではなく、きちんとストーリーがあって。父が「山陽道」を出した当時行われたファンクラブの抽選会で当選した方が出品されていたんですよね。当時から父を応援してくださっている方なのでもう高齢で。今後、もっと大事にしてくださる方に譲りたいとの思いで売りに出されていました。大事に保管して下さっていたみたいで、とても良い状態で譲っていただきました。 

── 「二代目」はポップスデュオ「竜徹日記」でも共に活動する実兄の木村竜蔵さんが作詞作曲を手がけられたとのこと。最初にこの曲を聴かれた時はどんな感想を持ちましたか?

木村
以前からこの曲を聴いていたのでとても良い曲だという印象が残っています。というのも兄は僕のデビュー曲と同時進行で父の曲も作っていたんです。父の曲はすぐに出来上がったものの、B面がボツになって。そのボツになった曲に詞をつけたのが「二代目」。そして後に付けられた詞を読んだ時は、正直驚きました。もう、そのまますぎて、くすぐったくて(笑)。なんなら僕がこの曲を歌うと皆さんクスッと笑うんですよね。ただ、今考えるとこれで良かったと思っています。印象に残りやすいし、覚えてもらえるんで。 
 

── 特別盤に収録されている「夢の花道」「海の祈り」についても教えて下さい。

木村
元々デビューシングル「二代目」と、そのカップリング曲「つむじ風」と「夢の花道」の3曲がデビュー曲の候補でした。「夢の花道」はいい曲すぎたので、次回の表題曲に使おうと、とってあったのですが、今回特別盤に入れていただきました。「夢の花道」は自分自身が歌っていて元気になる曲で、夢を追う青年を描いた僕の等身大の歌でもあります。麻こよみ先生が僕にぴったりの詞をくださいました。 
 

──鳥羽一郎さんが「海の祈り」を発売されたのが33歳。当時のお父様とほぼ同年代で歌っておられますね。お父様からは歌についての話やアドバイスなどありましたか?

木村
歌に関しては一切アドバイスはしない人です。ただ、今歌っているものに関して技術的なものは当然足りないけれど、デビューしたばかりで勢いがあると。だからアドバイスによってその勢いがなくなる方がもったいないからと温かく見守ってくれています。 
 

『みだれ髪』には思い入れが。

──そして7月26日にカバーアルバム「ザ・カバー 〜昭和演歌名曲選〜」も発売されましたが、日本を代表する歌手、名曲が並んでいます。一番思い入れのある曲や難しかった曲はありますか?

木村
「舟唄」は途中で民謡のような部分があって、どのタイミングで節を回したらいいのかと、調整が難しかったですね。美空ひばりさんの楽曲「みだれ髪」は特に思い入れがあります。ギタリストの斉藤功さんが当時の「みだれ髪」のレコーディングでギターを弾かれているのですが、斉藤先生が主催していたイベントに呼んでいただいた際に、突如「みだれ髪」を歌うことに。斉藤先生のギターとともに歌わせていただきました。なんとも贅沢な経験をさせてもらって感動しましたね。 
 

幼いころから兄の背中を追いかけてきた

── お兄さまが木村さんの思いを代弁して歌に込めていますが、竜蔵さんは木村さんにとってどんな存在ですか?

木村
僕はお兄ちゃん子って言ってもいいほど、小さい頃から兄の背中を追いかけて育ってきましたし、尊敬しています。17歳の時にデビューをした兄を見て、僕は表に出るタイプではないだろうと思っていました。兄は楽曲を作る能力にも秀でていて、以前から演歌歌手の方にも楽曲提供をしているのですが、兄は演歌を歌えないので、デモテープを録る際は僕が歌っていたんです。それで、そのデモを聴いたレコード会社の方が兄と話をして、僕のデビューが勝手に決まっていたというのが、デビューのきっかけで、断れませんでした(笑)。だけどちょうど良いタイミングだったと思うんです。 
 

──とはいえ、子どもの頃から演歌歌手への憧れはあったと。

木村
もちろんありましたし、20歳位の頃にそういったお話もいただきましたが、父の姿を間近で見続けてきた故、この状態ではとても世に出ることはできないと、当時は思っていました。これが10年前だと、今のように父や叔父さん(山川豊)の話をしたくないと思っていたと思います。それに兄との活動期間がなかったらここまで喋れていないと思うんですよね。 
 

竜徹日記の活動が今の木村徹二を作っている

── 10年前だと今のように喋れていなかったとのことですが、この10年間はどんな10年でどのように変化したのでしょうか?

木村
兄と活動する中で“親の名前を使わずに活動する”という条件のもと、散々やり尽くしたというものがあるからでしょうか。だからもうここまでこだわる必要はないなと吹っ切れた部分があります。「竜徹日記」の活動を始めて7年、この7年が今の僕の礎を作ってくれています。竜徹日記での活動は、最初の5年間はとにかく曲を聴いてもらえるならどこでも行こうと、路上ライブから全国のライブハウス、数々のイベントなど、いろんな所で歌いました。コロナになってからライブができなくなったのを機に、生配信のライブをほぼ毎日、数時間続けて、これを2年間続けました。 
 

──ほぼ毎日、2年間継続するってすごいことですよ。

木村
この2年間が今の僕に繋がっているんです。ライブハウスで歌っていた時は多くて週に3回歌っていました。それでも毎日歌うと週3回じゃ足りないなって思うようになって。毎日歌うことで歌のスキル、そして毎日4時間何もないところから会話を展開していたので、トークスキルも身についたのかなと思っています。 
 

数年やって芽が出なかったらやめてもいい。それくらいの覚悟を持ってやっている。

──ところで、木村さんが演歌の道に入る前まではお父様から“厳しいぞ”と言われていたそうですが……いざ演歌の世界に入っていかがですか?

木村
まだデビューして間もないので何とも言えませんが、今とても楽しんでお仕事をさせていただいています。だけどこの先、音楽で歌で食べていくんだ!という強い気持ちは正直持っていなくて。なぜかと言うと、売れてお金を稼げないんだったら続けていても意味がないと思っているんです。父には「俺は上手くいったから食えているけれど、そうじゃない奴は山ほどいる。そうなる位だったらやるな」と、子どもの頃からずっと言われてきました。 
 

──お父様の背中を小さい頃から見てきた木村さんだからこそ出る言葉ですよね。

木村
父が売れてくれたお陰で、僕はその恩恵を受けて育ててもらいました。だから歌で食べていけることは後からついてくるのではなく、先に来るものだと思っています。父と同じ場所までとはいかなくとも、家族を養っていけるくらいまでは稼ぎたい。だから、芽が出なかったら身を引き、もう後はないという位の強い覚悟で今ステージに立っているんです。 
 

── トーク力なども活かして、最近ではメディアでも活躍されていますが、今後挑戦したいことはありますか?

木村
新たなことに挑戦するのが好きなので、お笑いや落語、全く縁のなかった演技などやってみたいですね。とにかくこれまで経験したことのないものに触れてみたいんです。最近は月の半分は自宅にいないので、仕事で行った土地の文化に触れるようにしています。 
 

── 最後に今後の目標を教えて下さい。

木村
デビューしてから、とても多くの人に助けられてきました。その中でも一番大きいのは父と山川さんの存在で。どこに行っても、父や山川さんのファンの方が一緒に応援したいと言って下さいます。今は恩恵を与えてもらってばかりだけれど、今後は僕が与える立場になれたなら……。演歌に触れてこなかった方が僕の歌を聴いて、父や山川さんの歌も聴いてくださり、コンサートにも足を運んでもらえたら。そしてもう一つは兄にも恩返しをしたい。兄が作る楽曲にとても才能を感じているし、信頼しています。だから兄の魅力をもっといろんな人に伝えないといけません。「二代目」がもっと評価されることで、兄の評価にも繋がると思っています。まずはこの歌で頑張っていくので、今後とも応援よろしくお願いします。 
 

木村徹二 – ディスコグラフィ|日本クラウン株式会社 クラウンレコード (crownrecord.co.jp)

インタビュー・文・撮影:ごとうまき