【役者冥利に尽きる】「人生観を変えるほどの素晴らしい作品に出会えた」熊谷真実ロングインタビュー

熊谷真実さん
舞台

こまつ座第143回公演「頭痛肩こり樋口一葉」が大阪・新歌舞伎座で〈9月2日(金)~11日(日)まで〉上演中。本公演に中野八重役として出演中の熊谷真実さんにインタビュー。作品のこと、お芝居のこと、移住のこと…沢山語ってもらいました。

死生観、男と女…普遍的なテーマが詰まっている

——熊谷さんは「頭痛肩こり樋口一葉」に2013年、2016年、そして今回で3回目のご出演となりますね。改めて、本作の魅力を教えてください。

熊谷さん
この作品には生と死、男と女といった普遍的なテーマが全て含まれているんです。最後、邦子(夏子の妹)が樋口家の仏壇を背負って歩いていくシーンがあるんですが、生きている私たちは皆ご先祖様の仏壇を背負って歩いているんだなと、感じるんです。いまこうして一人一人が生きていることが奇跡なんですよね。どこかのご先祖が一人欠けても私たちはいない。繰り返し、繰り返し、生と死が紡がれている…。井上先生はそういったことも伝えたかったのではないかと思うんです。そして、最後は観客なのか出演者なのか分からないような気持ちになって、毎回号泣しているんです。

初演、再演の時はこの芝居の凄さを今ほど理解できていたのだろうか?と話す熊谷さん、さらにこの芝居で気付かされた“男と女”についても語られる。

樋口一葉に想いを馳せる

熊谷さん
本作には“男と女”も一つのテーマとして含まれています。女性が生きていく中での最大のテーマが“愛されているか”“どう食べていくか”この二つだと思うんです。女性にこの気持ちがある限り、男性と女性の立場は逆転しないのではないかーー?樋口一葉が生きた明治も令和の今も、根本的には変わっていないんだと。ちょうどお稽古をしている時に、ある暴露系YouTuberの方が話題になっていました。アテンドをして女の子をあてがうとか…。私はひどい憤りを感じました。女性はそれでしか生きていけないのか?何一つ変わっていないんだな、と。そこに樋口一葉がしようとしていたこと、私の役が全て重なり、絡み合い、“さぁ、中野八重さん、思いっきりぶつけて!”という気持ちになったんですよ。

これまでの人生経験が中野八重に投影される

熊谷さん演じる中野八重の人生は壮絶だ。小学校を立ち上げながらも投獄され、無惨な死に方をした兄を持ち、皮肉なことに、八重は兄を捕まえた判事と結婚。しかしその幸せも束の間、浮気をされて挙げ句の果てに女郎に売られ、幼馴染みと殺し合いの結果、幽霊になるという役だ。しかし、意外にも笑いが多くコミカルで痛快。

——三度目の中野八重役、八重に対しての向き合い方はどのように変化しましたか?

熊谷さん
初演、再演の時も大変でした。演出家の栗山さんには、“今ここで初めて行われている出来事だから、芝居をするな”と何度も言われてきました。つまり、役と自分の距離感がなくなるんですよね。実は八重という人物に対して、最も理解し腑に落ちたのが今回かもしれません。お友達に言わせると“真実ちゃんの今までの人生が全て役に立ってるわね”と(笑)。

熊谷真実の人生が中野八重として昇華

熊谷さん
中野八重の中には熊谷真実という人間が入っていて、私は中野八重さんに身体を貸したつもりでお芝居をしています。だけど不思議なもので、外から見たら熊谷真実の人生が中野八重で昇華されているんですよね。いつも、ドラえもんの違う扉にパーンと入っていく気持ちで舞台に出ています。「八重さん、私の身体を使って思いの丈を述べてね。自由に表現して!」って毎回八重さんに話しかけて。

——当初、出演することを躊躇われたとか・・

熊谷さん
貫地谷しほりさん演じる樋口一葉の四つ違いの友人役(中野八重)を演じるにはいくらなんでも無理があるんじゃないか?と思って。観客の皆さまが判断されることですが、意外と無理じゃなかったなと(笑)。役者とは、実年齢がどうとかは関係ないことを改めて感じました。

——ご自身のインスタグラムに“人生の記憶にのこるお芝居になる”と書かれていましたね。

熊谷さん
38年前に井上ひさし先生が初演をなさった時、執筆で遅れたそうです。その時に井上先生は“これは100年残る作品だから初日ぐらい遅れたって仕方ない”とおっしゃった。確かに、これは100年残る作品だと。私は役者になって今年で43年になりますが、役者人生の中でも素晴らしい作品に出会えることはそう多くはないんです。この作品は5本の指に入る素晴らしい作品、No. 1かもしれません。ちなみに井上先生の作品「雪やこんこん」で座長をさせていただきましたが、その作品も5本の指に入る作品です。

井上ひさし作品は役者を追い込む!?

——お稽古も本番も、とても大変だったと聞きました。

熊谷さん
有難いことに名作と呼ばれる作品に何本か出演させていただきましたが、その度に困難で、井上先生の書かれるお芝居は役者が追い込まれるんです(笑)。生半可な気持ちでは取り組めません。今回の作品でも6人がみんな口を揃えて言っています。やっぱり井上作品は一筋縄ではいかないって(笑)。ただ、役者にとって“追い込まれる”とは“役者冥利に尽きる”ってことですよね。それだけ素晴らしい作品に出演させていただいているという誇らしい気持ちが入り混じった“大変さ”があります。井上先生の凄さを改めて感じています。

——演出家・栗山さんについて

熊谷さん
初演のときには、いろいろとご指導いただきましたが、今回は役作りとしてあまり言われることはなかったですね。“ハマり役”だと言って頂きました(笑)。栗山さんは初演の時の演出家・木村光一さんの助手をされていたので、誰よりもこの作品の面白さを理解し、愛してらっしゃるんです。舞台の上でお水を飲んでゲップをしてしまうところがあるんですが、それも思わず出てしまった時に、それが演出としてやってほしいとついたり。発想がとても自由なんです。

100年の中でも歴史に残るキャスト!

——貫地谷しほりさんをはじめとする出演者皆さんについて

熊谷さん
役者さんたちの人柄もさることながら、役になられた時の皆さんの表情が素敵で、涙が出るほどうっとりしています。貫地谷さんは感情、相手のセリフを聞くときの心の機微、全てが樋口一葉になっているんです。

熊谷さんと香寿たつきさんの殺し合いシーンは見どころ!

ーーとくに好きな場面、見どころはありますか?

熊谷さん
樋口一葉の妹・邦子がお母さんと初めて親子喧嘩をするところ。私と鑛役の香寿たつきさんが殺し合う寸前のような芝居も今回の見どころの一つです。お稽古を積んでいる中、香寿さんの芝居が凄まじく、後から聞くと”本気で殺す気持ちでお芝居しました”と。皆さん初めて起きた出来事のように、役に憑依している。だけど楽屋では皆仲良しなんですよね。東京公演では6人が同じ楽屋で、本当に楽しくて楽しくて。新歌舞伎座では楽屋が別々で寂しいから、6人同じ部屋にしてもらうように頼んだんですが建物の構造上ダメでした(笑)。

——大阪公演も楽しみにされている方が沢山いらっしゃいますね。

熊谷さん
東京公演でしっかり積み上げてきたものを一番良い状態でお見せできると思っています。このお芝居は100年先もどなたかが演じることになる作品ですが、今回のキャストはその100年の中でも歴史に残るキャストになると思っていると自負したいです。

浜松に移住し、ストレスの発散が上手くなった

——2020年に浜松に移住されましたが、内面の変化は?

熊谷さん
ストレスの発散が上手になりました。東京に住んでいる頃は、仕事と自分の境がつかず、ストレス発散法が見つからなかったんです。浜松からちょっと走れば浜名湖がある。自然の中に身を置くことで浄化される。私にとっての一番の気分転換であり、ストレス解消法が“移住”だったんですよね。浜松にはお洒落なカフェがあったり、若い人たちが頑張ってらっしゃる。また落ち着いたら美味しいお店など見つけて、YouTubeで発信しますね。登録者10万人目指して頑張ります!

熊谷真実という生き方が誰かの役に立てば…。

——熊谷さんのモットーは?

熊谷さん
芸能界にいる私たちの生活は表に出ている部分も仕事なので、そこは受け入れています。一歩外に出たらプライベートなんてないと思っていますよ。だから自分のこれまでのしくじりも、楽しそうにしていることも、移住も、離婚も…。この人が頑張っているから、わたしも頑張ろう!って、誰かのエールになれば嬉しいです。

真摯に、丁寧に、インタビューに応えてくださった熊谷さん。インタビューを通して見えた役者としての情熱と心意気。そんな彼女が演じる「頭痛肩こり樋口一葉」の中野八重からも大きなエールと気づきがもらえるだろう。「頭痛肩こり樋口一葉」は新歌舞伎座にて、9月11日(日)まで上演中。

公演概要・チケット

こまつ座 第143回公演
「頭痛肩こり樋口一葉」
出演:
貫地谷しほり 増子倭文江 熊谷真実
香寿たつき 瀬戸さおり 若村麻由美
公演期間 2022年9月2日(金)~9月11日(日)
料金 (税込)
1階席 11,000円
2階席 6,000円
3階席 3,000円
特別席 12,000円

チケットこまつ座 第143 回公演 「頭痛肩こり樋口一葉」 ○一般発売 | 新歌舞伎座ネットチケット[演劇 演劇のチケット購入・予約] (pia.jp)

新歌舞伎座テレホン予約センター06-7730-2222(午前10時~午後4時)

インタビュー・文/ごとうまき