【インタビュー】映画『道行き』中尾広道監督が語る、時をめぐる静かな革命

インタビュー

かつて、これほどまでに「時間」そのものを主役として捉え、モノクロームの階調の中に閉じ込めた映画があっただろうか。PFF(ぴあフィルムフェスティバル)プロデュース作品として誕生した最新作『道行き』。メガホンを執ったのは、前作『おばけ』でPFFアワード2019グランプリを受賞し、スペイン・韓国・アメリカなど海外映画祭でも高く評価されている新鋭・中尾広道監督だ。

物語の舞台は、奈良県御所(ごせ)市。中尾監督自身がこの町の古民家に一目惚れし、移り住んだことからこの映画は動き出した。400年前の地図が今なお息づくこの場所で、監督は俳優・渡辺大知と、重要無形文化財保持者(人間国宝)・桐竹勘十郎という、映画の枠組みを超えた奇跡の共演を実現させた。

「空間を移動する旅ではなく、その場所に堆積した時間の層をめくる旅」。そう語る中尾監督は、なぜ彩り豊かな現代において、あえて白黒の世界を選んだのか。鉄道が運ぶ近代の足音、人形浄瑠璃文楽が紡ぐ普遍的な情念、そして古民家の柱一本に刻まれた記憶――。中尾監督の心の奥底に眠る「大切な風景」を解き明かす。

カラーを捨てた必然。地層をめくる「縦移動」の映像体験

―― 全編を通して綴られるモノクロームの世界観に圧倒されました。今回、奈良の風景をあえて白黒で描こうと決めた理由からお聞かせいただけますか?

中尾
本作では「静かな旅」の話をしたいと考えていました。ただ、それは空間的な広がりの中を移動する旅ではなく、同じ場所に堆積している「時間の層」を一枚ずつめくっていくような、いわば「縦移動の旅」にしたかったんです。その場所で幾層にも重なり合っている時間を、カラーで見せてしまうと、どうしても「今」が鮮明になりすぎてしまう。でも、モノクロの豊かな階調であれば、地層を深く掘っていくような感覚や、そこにある物質の形そのものの力強さを表現できるのではないか。そう考えて、最初からカメラマンに相談していました。

―― 最初からモノクロ一択だったのでしょうか? それともカラーの可能性も?

中尾
実は、最初は一部をカラーにすることも検討していたんです。ですが、そこで迷いが生じました。もしパートカラーにしてしまうと、モノクロの部分がどうしても「スタティックな(静止した)過去」として、ノスタルジックな感傷の中に閉じ込められてしまう。それは僕の意図とは違ったんです。

劇中には、昭和二、三十年代の古い写真が登場します。あそこを基準として、過去を切り離されたものにするのではなく、現在と地続きで息づいている様を捉えたかった。境界を曖昧にし、過去・現在・未来の繋がりを見せるためには、全編をモノクロで統一することが必然でした。

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

 人間国宝と渡辺大知。二つの個性が交差する

―― 舞台となった御所(ごせ)市は、400年前の地図を手に今も歩くことができる町だそうですね。移住の決め手は、劇中に登場するあの古民家だったとか。

中尾
 そうです。僕は2021年にこの街に移り住んだのですが、もともとは映画のロケーションを探していたんです。「古い時計」をテーマにした話を書きたいと思っていて、江戸時代から昭和まで色々な時代の時計が並んでいても違和感のない建物を探して、青森から順に南下していきました。そこで出会ったのが、後に梅本(桐竹勘十郎)の屋敷となる古民家でした。写真で見た瞬間に一目惚れし、実際に訪れた際「これ以上のセットには絶対に出会えない」と確信して、移住を決めました。

―― その梅本役を演じられたのが、人間国宝の桐竹勘十郎さんです。映画初出演とは思えない圧倒的な佇まいでした。

中尾
勘十郎さんは、普段は言葉を発してお芝居をされる方ではありません。ですが、講演会などでのお話を拝聴していると、過去から受け継がれてきた伝統の重みを、驚くほど謙虚に、そして丁寧に伝えておられる。その佇まいや語り口こそが、この映画の「梅本」に必要な要素だと感じました。映画の中の梅本も、一人の青年がやってきたことで、自らの記憶をゆっくりと手繰り寄せ、語り始める。勘十郎さんが普段から担っておられる「伝統を後世へ繋ぐ」という役割と、役の根幹が自然に重なったのだと思います。

―― 主人公・駒井役の渡辺大知さんとの距離感も絶妙でした。

中尾
 大知さんは、見ているものや集めている風景をそのまま観客へ届けてくれる、稀有な「受けの力」を持っています。今回は特に、演技経験のない地元の方々とも接していただく必要がありました。80代、90代の、お芝居をしたことがない方々と対峙したとき、大知さんなら初対面でもずっと前からそこにいたような、自然な日常の距離感を作ってくれる。あの大知さんの「スッと懐に入っていく」感覚は、この作品の大きな救いになっています。

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

400年の時を繋ぐ「文楽」と、近代の秒針とともに動く「鉄道」

――劇中では、文楽の演目『面売り』も登場します。タイトルも『道行き』と、文楽との深い繋がりを感じますが、監督ご自身も文楽がお好きだとか。

中尾
実は、以前住んでいた町では国立文楽劇場まで徒歩圏内だったんです。きっかけは谷崎潤一郎の小説でしたが、実際に観に行ってみると、数百年前の武士の心情が、今の自分の胸にこれほど響くのかと衝撃を受けました。伝統芸能というと敷居が高いイメージがあるかもしれませんが、本来はもっと血の通った、面白い物語なんです。

今回、御所でリサーチをしていた時に、『面売り』の演目とリンクするような昔の写真に出会いました。かつて商人の町として栄えた御所の賑わいを、文楽の演目を通して観客に想起してもらいたい。そんな思いから『面売り』のシーンを加えました。

10年越しの想いを乗せて。鉄道が刻む「近代」と「呼吸」

―― 鉄道のシーンは、窓の外の景色と車内の時計が連動し、観客を不思議な時間の旅へと誘います。撮影はかなり大変だったそうですね。

中尾
 実は僕、10年以上前から岐阜の樽見鉄道に通い詰めていて、通算で50往復はしているんです(笑)。1回乗ると往復2時間、それを1日3〜4往復することもありました。それほどまでに鉄道という存在に惹かれていた。今回の撮影では、通常運行のダイヤの合間を縫うように臨時列車を走らせてもらいました。日本の時刻制度(定時法)が導入された明治5年は、鉄道が開通した時期と重なります。正確な運行のために人々が「時間」を意識し始めた。鉄道の歴史は、日本の近代の歴史そのものなんです。

―― 鉄道会社の清水さんが、ご本人役で出演されているのも驚きました。

中尾
清水さんには、ダイヤに干渉しない絶妙な速度で運転してもらいながら、同時にお芝居もお願いするという、かなりハードな注文をしました。「ここは時速10キロで」とか「ここは駅を飛ばして」とか。主演の大知さんが、撮影前から清水さんとコミュニケーションを取って、まるで「昔からの友人」のような空気感を作ってくださった。あの鉄道のシーンに流れる、長年の取材で培われたような深い信頼関係は、大知さんの芝居の距離感と、本物の鉄道マンである清水さんの佇まいがあったからこそ撮れたものです。

「昔は良かった」の先へ。スクリーンに刻まれた、消えゆく豊かさ

―― 監督ご自身も御所に移住されて4年になります。作品にはゆったりとした時間が流れていますが、ご自身の生活に変化はありましたか?

中尾
まだその境地まで行けていないんです。移住して半年は一人で改修工事をし、その後家族を呼んでからもずっと映画のことばかり考えてきました。劇中、家に凝りすぎて財を潰す「普請(ふしん)倒れ」という言葉が出てきます。奈良では「普請倒れの奈良」と言われるほど、家づくりに贅を尽くす文化がありましたが、あの梅本家の建物、あの庭、あの時間は、セットでは絶対に作れません。何十年、何百年という歳月そのものが立ち上がってくるような、豊かな「形」がそこにはあります。

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

―― 最後に、この映画を通して伝えたいメッセージはありますか?

中尾
メッセージというほど大それたものはないのですが。ただ、「昔は良かった」という懐古趣味にはしたくなかった。今、家は「継ぐもの」から「出ていくもの」へと変わり、10年後にはこの風景もなくなっているかもしれません。ギリギリ残っていた豊かな時間を、映像として捉えることができたので、ぜひ皆様にもそれを劇場のスクリーンで体験していただきたいです

映画『道行き』

2026年2月13日㈮~ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル新宿

2月20日㈮~シネ・リーブル神戸

2月27日㈮~テアトル梅田

近日公開 ナゴヤキネマ・ノイ、京都シネマ ほか全国順次公開

公式サイト: https://www.michiyuki-movie.com/

出演者

渡辺大知 桐竹勘十郎

細馬宏通 田村塁希 大塚まさじ

上田隆平 梅本 修 清水弘樹 中井将一郎 中山和美 ちょび

監督・脚本・編集 中尾広道

プロデューサー 天野真弓

撮影  俵 謙太

照明  福田裕佐

録音・整音  松野 泉

美術  塩川節子

衣装  田口 慧

ヘアメイク  根本佳枝

助監督  内田知樹

音楽 『マカラプア』

バッキ―白片とアロハ・ハワイアンズ

テイチクエンタテインメント

『猫目唄』作曲 細馬宏通

題字 桐竹勘十郎

人形浄瑠璃 文楽『面売り』

作曲:野澤松之輔

協力 公益財団法人 文楽協会

一般社団法人 人形浄瑠璃文楽座

独立行政法人日本芸術文化振興会 国立文楽劇場

第28回PFFプロデュース作品

製作:ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

制作プロダクション:エリセカンパニー

配給:マジックアワー

2025年/白黒/80分/DCP/ヨーロピアンビスタ

英題:Michiyuki -Voices of Time

インタビュー・文:ごとうまき