【レポート】映画『落語家の業』舞台挨拶、コンプライアンスの死角から放たれる、“毒”と“愛”の95分

EVENT

2026年1月11日。京都の映画館「アップリンク京都」は、異様な熱気に包まれていた。
スクリーンに映し出されていたのは、落語界きっての異端児、二代目・快楽亭ブラック。
差別、貧困、借金、そして裁判。およそ「伝統芸能」という言葉から程遠い混沌とした半生を描き出したドキュメンタリー映画『落語家の業(ごう)』の舞台挨拶が、上映後に行われた。
登壇したのは、主演の快楽亭ブラックと、彼を6年半追い続けた榎園喬介監督。
「不謹慎」を絵に描いたような二人のトークは、映画の内容に負けず劣らず、現代のクリーンな社会に対する強烈なアンチテーゼに満ちていた。

前代未聞の「下ネタ裁判」の真相

映画の大きな軸となっているのが、ブラックが元弟子とその恋人に訴えられたという珍事だ。その発端について、ブラックは事もなげに語り始める。
「元弟子に新しい彼女ができたんだけど、前の彼女に比べて不満があるらしい。男にとって女性は神様なんだから、そんな評論をするなんてとんでもないって小言を言ったんですよ。でも、何度言ってもわからないから落語にしたんです」
その落語の内容がYouTubeを通じて相手に伝わり、怒りを買った。訴状には「公序良俗に反する」言葉が並び、裁判官も絶句するほどの「下ネタだらけの公文書」が作成されたという。
「相手の弁護士がまた変な人でね。私を本名の『“被告 福田”呼ばわりして、『福田は原告を侮辱した』と。私は言ってない。言ったのはその恋人の彼だ、と戦ったんです。裁判官も呆れて、最後は『名誉毀損ではないが、感情を傷つけた』として31万470円の支払いを命じられました」

驚くべきは、その敗訴後のエピソードだ。
支払期限が12月27日の月曜日。前日は競馬の祭典・有馬記念。ブラックは「これは神のお告げだ」と直感し、支払い用の31万円を全額、一番人気のエフフォーリアの単勝に注ぎ込んだ。
「おかげで懐を痛めずに済みました。だけど敗訴しましたから、負けた悔しさを歌にしたんです」
そう言って、ブラックは即興で「ふざけやがって、泣けてくる」と、自らの業を笑いに変える自虐の歌を披露し、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。

「放送禁止」という名の勲章

快楽亭ブラックという名は、現在のメディアにおいては事実上の「放送禁止」扱いだという。かつて上方落語の桂三枝(現・文枝)門下で、桂三Qとして活動していた頃、生放送のCM中に起きた「放送禁止用語事件」がその決定打となった。
「店長にインタビューしてたら、店長がとんでもない言葉を言っちゃった。でも業界では『僕が喋った』ことになっちゃったんです。一度レッテルを貼られると、もうダメですね」
そんな彼がメディアに出る際は、本名の「福田秀文」として、映画評論家という肩書きで潜り込むこともある。
「文化庁芸術祭優秀賞をもらっている、国が認めた落語家なんですよ、私は。それなのにテレビに出ると文化人枠。落語家として出ている後輩よりギャラが1万円も安い。アホな話ですよ」

映画の神様に愛された男

榎園監督は、この6年半を「映画の神様に導かれた日々」と振り返る。
撮影期間中に、伝統芸能史上初となる「師匠が弟子に訴えられる」という珍事が起き、さらにはブラックの過去の膨大な映像提供も受けたことにより本作を完成させた。

「ブラック師匠は、人生のどん底も、落語に目覚めた絶頂期も、節目節目すべて映像に残っている。これほど稀有な被写体はいません」と監督が語れば、ブラックも応える。
「今日もこうして、映画館という暗闇の中で皆さんに会えた。映画は神様からの贈り物ですよ」

「黒い宝」が「国宝」と並ぶ日

トークの終盤、ニュースが発表された。
本作『落語家の業』が、権威ある「キネマ旬報」の文化映画ベスト・テンにノミネートされたというのだ。
「もし1位を獲ったら、授賞式で吉沢亮さんや横浜流星さんといった『国宝』級の俳優たちと、この『黒い宝(ブラック)』が並ぶことになる。これは壮大なパロディーですよ。ぜひ実現させたい」
会場からは割れんばかりの拍手が送られた。

不条理で、下品で、けれどどこまでも人間臭い。
快楽亭ブラックという一人の男が背負う「業」は、閉塞感の漂う現代において、一種の解放感となって観客の心に突き刺さった。
「コンプライアンスなんてクソ食らえ」
高座に上がり続けるブラックの背中は、そう語っているようだった。

 

取材・文・撮影:ごとうまき