【今の社会を炙り出す】『すばらしき世界』から考える愛着障害

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
エンタメ

この世界は不条理とほんの少しの優しさでできている

西川美和監督はこれまでにオリジナル脚本にこだわってドラマを紡いできた。香典泥棒を繰り返すセコい男を描いたデビュー作の「蛇イチゴ」、僻村で働く偽医者「ディアドクター」、結婚詐欺師の「夢売る2人」、妻が死んだのに素直に泣くことのできない「永い言い訳」などと一癖も二癖もある主人公を、複雑な人間と社会を絡めて打ち出してきた。今作はそんな西川監督が長編映画としては初めて手がける原作もの、佐木隆三の「身分帳」を基に、35年後の現代に置き換え物語を構成、主人公三上やその周りの人々を通しての現代社会の生きづらさとほんの少しの優しさを監督の視点から鋭く炙り出した作品である。

 

あらすじ

人生の大半を刑務所で過ごしたという主人公 三上正夫、殺人を犯し13年間の刑期を終え社会に出るも、初老、さらに持病もある三上は普通に生きていくことが困難な状態であった。前科者で元ヤクザという理由から職探しも、生活保護の申請さえも苦戦する。そんな中、長澤まさみ演じるテレビ局のプロデューサーとフリーディレクターの仲野太賀が三上の生き別れた母親を捜しながら、社会に適応しようとするドキュメンタリーの製作の話を持ちかけてくる。テレビに出ることで幼少期に姿を消した自分の母親を探すことができるかもしれないという期待を膨らませる三上と三上を食い物にしようとするテレビ局のプロデューサー。一方で優しく真っ直ぐすぎる三上との関わりにより三上の周りの人々も少しずつ変わっていく…。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

見どころ

レールから外れた者たちを排除する社会と、そんな中に見え隠れする人々の優しさ。三上正夫という複雑な人間性と生い立ち。本作は現在公開中の「ヤクザと家族」と同様、社会のレールからはみ出した者たちの生きづらさを描いているといった点で両作ともに通じるものがある。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

劇中の長澤まさみ演じるの放つ言葉が印象に残っている。

『社会のレールからはみ出すものを許せない私たちは、社会のレールに乗って生きている私たちもたいして幸せではないから』(うろ覚えのため、セリフは少し違うかも)

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

ーー人生の大半を獄中で過ごした男が見た社会とは

中途半端な男、三上正夫

中途半端に入れられた刺青、ヤクザとしても中途半端、そもそも三上という男の人生そのものが中途半端だったのではないだろうか。

その中途半端な男、大半を鉄格子の中で過ごした彼の背景は複雑で、幼少期の経験が大きく関係していることも描かれている。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

愛着障害と人間形成

私生児として生まれ母親とは生き別れ、施設で育ったという三上。本作では「愛着障害」についても触れられている。

三上正夫は優しくて真っ直ぐでいい奴。なのに暴力性、カッとなるとすぐに手が出るなどの性質の二面性を持ち合わせている。この悪い部分は幼い頃の環境が要因であるようなことが劇中でも出てくる。彼も「愛着障害」によって社会にうまく適応できなかった一人なのである。

愛着障害とは

幼少期に親との間で安定した愛着を築けなかったことにより起こると言われているが、大人になった後も心身の不調や対人関係の困難や生きづらさとなってその人を苦しみ続けると言われている。

実は愛着障害を持つ人は年々増加傾向にあるという。しかし愛着障害はある程度可塑性を持ち大人になってからも愛着が安定したものに変化することもある。

愛着障害を克服するためには、人を育てる、社会的 職業的役割の重要性やアイデンティティの獲得や自立の重要性が挙げられている

三上も自立しようともがいている中で、周囲からの手助け、人との繋がりによって克服しようとしていた。そんな私たち個人や社会が身近にいる「愛着障害」を持つ人にできることは、「愛着障害」への認知と手を差し伸べる優しさと思いやりなのではないかと。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

一方で、親から愛情を受けなかった=犯罪を犯しやすい といったステレオタイプで決めつけてしまう部分も良くなく、実は性格の大部分が遺伝子で決まると言われていて(性格や性質はほぼ父親の遺伝が大きい)この見極めも難しい。

愛すべき存在三上正夫を演じた役所広司の役者魂

13年間の獄中生活を終え、社会に出てきた彼の姿は赤ん坊のように無力。びっくりするくらい真っ直ぐで優しくて人懐っこい一方で、瞬間湯沸かし器のように短気で怒ると暴力でねじ伏せようとする三上正夫。

そんな複雑な役を役所広司が見事に演じ切っている。三上正夫という男をこうも愛おしい存在として表現し見せているのは役所広司の役者魂、役作りを徹底的にしたからであろう。しかし本作には役作りを超越した役所広司の人間力が三上正夫に投影されていたように思う。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

そう、三上を一言で言えば「愛すべき存在」なのである。

さらに仲野太賀が期待以上の秀逸な芝居を見せつけてくれた。彼の演技力には圧巻である。本作は役所広司と仲野太賀ありきで成り立っているというほど。彼は今後日本を代表する役者の一人になるに違いない。三上との風呂場のシーン、あの表情、あれは泣ける。

そして現在公開中の「ヤクザと家族」にヤクザとして出演中の北村有起哉が今作では反社を排除する側として出演しているのも面白い。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

題名の「すばらしき世界」とは

ーーーシャバは我慢の連続よ

シャバは我慢の連続で、だけど空は広くて自由である。

本作に出てくるテレビ局社員のように人を食い物にする、介護施設の従業員のように弱いものに対しての虐めなど、世の中には数え切れないほど嫌な奴、許せないことは蔓延している。だがそれに対しまともに対応していたら身も心も保たない。

そんな世界に「何が素晴らしい世界だ」と言いたい。

だけど、悪いことばかりではなく、誰かしら手を差し伸べてくれる人が現れたり、ある人が放った何気ない言葉に救われたりもする。困っている時は『助けて』と叫べば案外助けてもらえたりする。

(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

テキトーな人の方が生きやすい世の中

皮肉なもので、適当に、嫌なことは見て見ぬふりをし流して生きていく人の方が会社でも容易く出世していたり、社会でも組織でもうまく溶け込んで人生イージーモードだったりする。

めちゃくちゃいい奴なんだ、三上正夫は。いい人がゆえに不条理で薄汚れたこの世界では彼は不適合、非常に生きにくいのである。でも私はそんな三上が愛おしくてたまらない。愛すべき存在である三上正夫という男を是非見てやってほしい。そして問いたい。この男は、幸せだったのかと・・・。

すばらしき世界

監督・脚本:西川美和
原案:佐木隆三
キャスト:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美
製作:2021年製作/126分/G/日本
配給:ワーナー・ブラザース映画

文/ごとうまき