9月20日(土)から公開される映画「揺さぶられる正義」は、一人の記者が8年間にわたって追い続けたテーマを映画化した、唯一無二のドキュメンタリーだ。監督を務めるのは、関西テレビ報道記者の上田大輔さん。弁護士から記者に転身し、「揺さぶられっ子症候群(SBS)」を巡る冤罪事件の取材を通じて、司法とメディアの在り方を問い続けてきた。
「タイトルには色々な意味合いが込められています」と上田監督は語る。「正義とは何か。医師、弁護士、検察、それぞれの正義がぶつかり合う中で、本当の真実を見つけ出すことの難しさを描きたかった」

インタビューに応じる上田大輔 監督
司法への絶望から記者の道へ
上田監督の経歴は特異だ。無実の人を救う弁護士を志していたが、司法試験に苦戦し、30歳手前でようやく合格した頃には、有罪率99.8%という日本の刑事司法の現実に絶望していた。2009年に企業内弁護士として関西テレビに入社したものの、一度は背を向けた刑事司法の問題が頭から離れず、2016年に自ら希望して記者となった。
そして2017年4月、運命的な出会いが待っていた。後にSBS検証プロジェクトを立ち上げる、秋田真志弁護士と笹倉香奈教授の話を聞いた時だった。
「医師の鑑定で冤罪が量産されているかもしれないという話で驚きました。当時、私も乳児の育児中でした。激しい揺さぶりをする親がそんなにいるのだろうかと違和感を覚えた。これは取材すべきテーマだと思いました」
この出会いから始まった8年間の取材は、上田監督自身を大きく変えることになる。「時間も予算も必要な映画はハードルが高いと思っていた」と振り返るが、社内からの提案もあり、映画化に挑戦することになった。
信頼を築くことの困難さ
8年間の取材で最も困難だったのは、当事者との信頼関係を築くことだった。
「マイナスからの取材なんです。皆さん逮捕報道されている。メディア不信から始まる。こちらはメディア側として、ひどい報道をしてきたメディアの人が取材したいと言ってきていると。『なんであんな報道したんですか』って質問されることから始まってしまう」
映画には複数の当事者が登場し、それぞれが長期間にわたる法廷闘争に直面している。その過程で何が失われ、何が問われるのか。上田監督はその現実を丁寧にカメラに収めていく。
取材を通して上田監督が直面したのは、記者として「疑うこと」と「信じること」の間での葛藤だった。
「人が人を信じることの意味、難しさ。記者は疑うことから始める仕事だけれど、時には信じることから始めるべきなのかもしれない」と上田監督は語る。この問いは映画の重要なテーマの一つとなっている。
記者として、父親として
映画の冒頭で上田監督が子どもを送り出すシーンがある。これは意図的な演出だった。
「取材する記者も父親でもあり、同じように日常生活を送っている一人の不完全な人間だということを前提に見ていただきたかった。生活者でもある私がいつなんどき取材対象者と同じ立場になるかもしれないと恐れながら取材してきましたので、冒頭のような日常シーンも見せる意味があると思いました」
取材対象の一人とは住まいが近く、同じ公園で子どもを遊ばせていたこともある。「家族が一緒に住めないことの過酷さ、不条理な感じは見ていても伝わりましたし、本当にひどいなと思い続けていました」
専門家たちとの対話
映画には医師たちも登場する。子どもの命を守ろうとする医師、冤罪の可能性を指摘する医師。それぞれに正義感があり、それぞれに信念がある。
「基本的には専門家とは対話、議論をしようと思っています。対等に議論なり、意見交換なり、対話をしないと、向こうの本当に考えている背景では見えてこなかったりするので、そういうインタビューをするようにはしています」
記者としての取材姿勢について、上田監督はこう変化を語る。「記者としてどこまで踏み込むべきかということですよね。最初の頃から比べると、より踏み込んでる報道が多くなっている。問題があると確信に至ったら、その時は問題だってしっかり言うべきなんじゃないかなって思うようになっていって……」
揺さぶられることの意味
タイトルの「揺さぶられる正義」には多層的な意味が込められている。
「みんな正義を要求していて、その中で取材していくと、その間で揺れる、葛藤がある。自分の中でもいろんな正義があるんです。弁護士の正義と記者の正義、公平さを重視する正義なのか、この人を救済する正義なのか。多くの正義の中で揺さぶられ続けているような気がします」
そして力強く付け加える。「揺さぶられていない記者もダメだと思うんですよ。葛藤がない取材をしていると真相には辿り着けない。やっぱり突き詰めていくと信じるのか疑うのか揺さぶられるはずなんで」
「人が人を裁く難しさ、人が人を信じることの意味。これは誰もが生きていく上で通る課題だと思います。私がこの8年間取材で悩んできたことを一緒に見て悩んでいただきたい。私を通してそういう自分を見ていただきたい」
映画は単なる冤罪告発にとどまらない。現代社会を生きる私たち一人ひとりに、正義とは何か、信じるとは何かを問いかける。上田監督が8年間の取材で何を見つめ、何を問い続けたのか。その答えが本作の中にある。
「揺さぶられる正義」は、観る者の心を確実に揺さぶる作品だ。それこそが、この映画の真の力なのかもしれない。上田監督は今後も刑事司法の問題を様々な形で描き、問題提起していくという。「僕はそれしかできないと思いますけど、自分がそのために記者になってるんで、まずはそれをしっかりやるということかなと思ってるんですけどね」
深夜の報道フロアで一人、問いの答えを探し続ける記者の姿が、この映画の真のメッセージを物語っている。
『揺さぶられる正義』 9/20(土)〜第七藝術劇場、京都シネマ、元町映画館にて公開
9/21(日) 京都シネマ、第七藝術劇場 上田大輔監督舞台挨拶
9/22(月) 第七藝術劇場 上田大輔監督舞台挨拶
9/23(火祝) 元町映画館 上田大輔監督舞台挨拶、第七藝術劇場 上田大輔監督とゲストによるアフタートーク
9/25(木)第七藝術劇場 上田大輔監督とゲストによるアフタートーク
インタビュー・文・撮影:ごとうまき






