【インタビュー】Dannie Mayが刻む「全身全霊(MERAKI)」の奇跡と、その先にある景色

アーティスト

3rdアルバム『MERAKI』を携え、音楽シーンを「全身全霊」で駆け抜けるDannie May。結成から6年、数々の大型フェス出演やワンマンライブのソールドアウトを経て、今まさに彼らは一つの大きな到達点と新たな始まりを迎えています。

今回は、Vo.Gt.マサさん、Vo.Key.田中タリラさん、Vo.兼クリエイターYunoさんの3人に、その数奇な成り立ちから、最新作に込めた剥き出しの想い、そして悲願のZepp公演へ向けた決意までをたっぷりと語っていただきました。

結成から6年。3人の個性が交差した「あの日」の記憶

――結成から6年が経ち、いよいよ7周年という大きな節目が見えてきましたね。まずは改めて、Dannie Mayという唯一無二のバンドが誕生した経緯を教えてください。

マサ
もともとは僕とタリラが別のグループで活動していて、そこが解散することになったんです。そのグループの映像を撮ってくれていたのがYunoでした。

Yuno
そうですね。僕は当時、映像クリエイターとして活動していました。そこから3人で組もう、という流れになったんです。
 

―― 最初に出会った時のことは覚えていますか?

マサ
タリラの第一印象は、すごく好青年でしたね。初めて会ったのは渋谷の宇田川カフェ別館だったかな。

タリラ
僕はその時、マサたちが共同生活していた家に行くことになって。バス停まで迎えに来てくれたマサの印象は、とにかく「人当たりが良い人」でした。でも、今は……プロフィールの通り、心の底が見えない部分もあります(笑)。
 

マサ
タリラは、最初「全然目が合わないな」って思ったのを今でも覚えてます。「自分だけが変」みたいな雰囲気を出してたんですけど、今も一番わけが分からないのはタリラかもしれない(笑)。

Yuno
僕は知人のライブに誘われて、弾き語りをしていたマサに出会ったのが最初です。渋谷のブエノスの2階で話した時の画角まで記憶に残っています。タリラは最初、黒髪で短髪で、すごく礼儀正しかったですね。MV撮影でピザを食べに行った時とか、懐かしいな。

「歌が好き」という原点、三者三様のルーツ

――皆さんの音楽的なルーツについても深掘りさせてください。本格的に音楽を志したきっかけは何だったのでしょう?

マサ
僕はもともとやりたい気持ちはあったんですが、高校時代は陸上部で運動に打ち込んでいて。大学2年生でギターを買ったのが始まりです。大きな転機は大学4年生の時。竹原ピストルさんの前座をやらせてもらったことで、「ちゃんと音楽で生きていこう」と決意しました。就活をしたくないという気持ちもありましたが(笑)、ピストルさんに憧れて上京したことが全ての始まりですね。

タリラ
僕は中2でベースを始めたのが楽器の最初です。マイケル・ジャクソンが好きで、洋楽ってベースが目立つじゃないですか。そこから高1でボーカルレッスンを始め、高3でDTMを知って。「打ち込みには鍵盤が必要だ」と思って1年だけ習ったピアノが、今のキーボードスタイルに繋がっています。

――Yunoさんは「映像クリエイター」という側面もお持ちですが。

Yuno
とにかく歌うことが昔から大好きなんです。小学校1年生で初めて自作曲を作りました。家で歌うのは恥ずかしかったので、早く親から離れた場所で歌いたい、という思いが原動力でした。SF映画も大好きで、『インディ・ジョーンズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界観は、今のMV制作などにも反映されています。

――最新アルバム収録の「りできゅらす」のMVも、ホラー映画の要素を意識されているとか。

Yuno
そうなんです。映画『ソウ(SAW)』のような緊迫感や世界観を少し意識して制作しました。

――3rdアルバムのタイトル『MERAKI(メラキ)』は、ギリシャ語で「魂・創造性・愛を込めて何かを行うこと」を意味するそうですね。この言葉を選んだ理由は?

マサ
2025年は2月の「レアライフ」から始まって、とにかく走り続けてきた1年でした。3枚目のアルバムですし、スリーピースとして、僕たちのキャリアをすべて形にして届けたい。この1年の姿勢を体現できる言葉を探していて、まさにこの「全身全霊」を意味する言葉に行き着きました。

――これまでの制作と、向き合い方に変化はありましたか?

マサ
今回はあえて、いい意味で自分本位に描くことを大切にしました。ここ数年は人の意見を聞きながら落とし所を探るようなスタイルもあったんですが、それだと結果が良くても悪くても再現性がない。中途半端に人の意見を取り入れるのをやめ、自分が納得できるまで振り切ることをテーマにしました。

――リード曲の「未完成婚姻論」はまさにその結晶ですね。

マサ
SNSの時代だからこそ、振り切ったものでないと届かない。最初は少し数字を意識して守りに入った曲を書いてしまったんですが、それでは自分の過去の作品を超えられない。ツアーの合間に作りながら、最終的に全くバンドらしくないサウンドも含めて面白いと思えるものに辿り着きました。

――Yunoさんが手がけた「春を交わして」も印象的です。

Yuno
スタッフの方から「春の曲を作ってほしい」と言われ続けていて。僕は春という季節が実はあまり好きではないんですが、だからこそ自分なりの思い入れがある。僕なりの春をDannie Mayに落とし込んで書いてみました。

タリラ
僕は「創造ゲーム」という曲で、日々の制作の過程……ファイルを切って貼ってという作業や、ライブ、グッズ制作といった、自分たちの活動そのものをゲームに例えて表現しました。僕たちは何者でもなかったところから始まっている。その自負と、これから挑む大きなステージへの思いを込めています。

ライブで交わされる「救い」と、ファンの温かさ

――2025年は「JAPAN JAM」や「COUNTDOWN JAPAN」など大型フェスへの出演が続き、動員も急増していますね。ファンとの繋がりをどう感じていますか?

マサ
ライブ中、お客さんが泣いている姿を見ることが増えたんです。それぞれの人生を抱えて、この狭いハコに「何かを感じて帰ろう」としてくれている。特に大阪のような都市部では、生きづらさを抱えながら僕たちのライブに「救われに来ている」人が多いのかもしれないと感じて。そんな時、音楽をやっていて本当に良かったなと思います。

タリラ
僕らのファンの方は本当に感受性が強くて、真面目な人が多いですね。福岡の公開収録の時、後ろの人が見えるようにと前の人たちが全員しゃがんでくれたことがあって。優しさが伝染しすぎて、最後は全員がしゃがんでいた(笑)。そういう温かさを、僕たちも音で返していきたいです。

悲願のZepp、そして「第1幕」の完結へ

――2026年10月には、結成時からの悲願であったZepp DiverCityでのワンマンライブが控えています。今の思いを聞かせてください。

タリラ
結成当初の東京では、数百人を集めるのにもかなりの時間がかかりました。でも今、その倍以上の人が集まる景色を現実として見ようとしている。Zeppは一つの大きな目標ですが、そこがゴールではないと思っています。

マサ
ずっと「Zeppに行く」と言い続けてきて、ようやくお待たせしましたという気持ちです。最初は2000人なんてすぐ集まると思って上京しましたが、人を集めることの大変さを知った。その上で、ここまで現実として見せられるようになったのは、僕たちの確かな成長だと思います。

Yuno
結成した時に「5年でZeppに行く」と決めていました。実際には7年近くかかってしまいましたが、それは誤差だと思っています。Zeppは僕にとっての「第1幕」の完結。そこからまた新しいショーが始まる、その集大成でありスタートラインになるライブにしたいです。

【インタビュー後記】終始、冗談を交えながらも、音楽の話になると鋭い眼差しを見せる3人。その絶妙なバランスこそが、Dannie Mayの生み出す「変幻自在な楽曲」の源泉なのだと感じました。2026年1月7日にリリースされた『MERAKI』。そこに込められた「全身全霊」を、ぜひ皆さんの耳で、心で受け止めてください。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき