「アンネの日記」に匹敵する作品だ。込山正徳監督が語る『はだしのゲンはまだ怒っている』

インタビュー

2025年11月14日(金)より広島・サロンシネマ、11月15日(土)より東京・ポレポレ東中野ほかで全国順次公開されるドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』。

40年にわたりドキュメンタリー番組を手がけてきた込山正徳監督が、初めて映画監督として挑んだ本作は、不朽の反戦漫画『はだしのゲン』の誕生から現在を見つめる作品だ。戦後80年を迎えた今、なぜこの作品を世に問うのか。込山監督に話を聞いた。

「アンネの日記」に匹敵する漫画だと確信した

――この企画を提案したきっかけを教えていただけますか。

込山
企画を提案したのは2023年の終わり頃でした。BS12 トゥエルビのプロデューサーである高橋良美さんに企画を持ち込んだ時、私は『はだしのゲン』を「アンネの日記に匹敵する作品」だと伝えたんです。アンネの日記はユダヤ人差別の話として、幼い少女が書いた戦争の記録ですよね。『はだしのゲン』も、子どもから見た原爆という意味で、それに匹敵する力がある。世界に広めなければいけない文学作品だと。

――放送後の反響もよく、2つの賞を受賞されました。

込山
メディア・アンビシャス映像部門大賞と、第15回衛星放送協会オリジナル番組アワードのドキュメンタリー部門最優秀賞をいただきました。受賞したことで「もうちょっとこの映像を残したいな」と思って、BS12 トゥエルビのプロデューサーに「これ、映画化どうですか?」と言ったら、すぐに動いてくださって、社内調整して「映画化できそう」という話になったんです。

映画版で新たに加わった視点

――映画化にあたり、新しく加えられた要素について教えてください。

込山
テレビ版から新たに入ったのは、原爆投下の歴史的経緯と、この漫画を批判する人たちの意見です。後藤寿一さんという方に取材したんですが、直接批判というよりは「違う部分がある」という指摘をされていて。その話を聞くことで、この漫画をよく思わない人たちの論理が分かるんじゃないかと思ったんです。

――「盗みのシーンが良くない」「浪曲を歌うシーンが子ども達に伝わらない」といった理由が挙げられていますね。

込山
はい。でも、それは繕った表面的なことで、実はこの漫画が持っている歴史認識とか、日本が軍国主義に突き進んだことへの記述が気に入らない。それを子ども達に読ませていいのかと思う人が少なからずいるんじゃないかと。ただ、それはなかなか表面化しにくい声なんです。

――取材を通じて、監督ご自身の考えに変化はありましたか。

込山
歴史認識って本当に難しいな、と思いました。人それぞれだし、触れてきた書物にもよるし、考え方にもよる。自分と歴史認識が違うからといって、攻め込むこともできない。ただ、そういう考え方があるということは知っておくべきだと思いました。後藤寿一さんのインタビューの数日後に、広島の元市長である平岡敬さんにもインタビューしましたが、私のモヤモヤを言語化してくださいました。平岡敬さんのおっしゃることで納得しましたね。映画の中ではさまざまな意見を取り入れて多角的に表現したんです。

11人の登場人物が語る真実

――今回、11人の方が登場されますが、特に印象的だった方は。

込山
もちろん皆さん印象的ですけど、やはり2名ですね。実際に原爆を見た江種祐司さんです。証言として本当に貴重でした。キノコ雲をバーッと見たというところはすごくリアル感があって、語り方も伝わるものがありました。その後の遺体の処理をやらされたこと、食べ物は盗まないと生きていけなかったこと。全部、証言として重要でした。『はだしのゲン』という漫画に書かれていることを、ある立場の人たちが「嘘だ」と言っているのを、後ろ側から「いや、そうじゃない。本当だ」ということを支えてくれる貴重な証言でした。ただ、江種さんには番組は見ていただいたんですけど、映画公開までの間に亡くなってしまって……。証言者がどんどん減っていく。戦争を伝えることの難しさを感じました。

――もうお一方は。

込山
阿部静子さんです。原爆で顔にも酷いやけどを負って、人前に出られる姿ではなかったけれど、戦争から帰ってきた夫が「離婚はしません」と言ったこと。その後何十年も連れ添って、ひ孫さんもいるぐらいに家族が広がっていった。もちろん不幸は不幸ですけど、彼女の場合においては一つの物語として――「いい話」とは言えないけど、なんというか感動的な方になったなと思いました。彼女の「核兵器は絶対にいけません」という言葉がすごく響きました。

わずか2ヶ月の撮影で撮れた「奇跡」

――撮影は2024年の7月、8月に集中的に行ったとのこと。かなりタイトなスケジュールだったんですね。

込山
制作費がないので(笑)。広島での撮影は3日間、東京で数日、テレビ版では合計5〜6日間の撮影でした。それが2024年9月に放送されて、その後、映画化しようとなって追加で6日間ぐらい撮影しました。すごくタイトでしたね。

――苦労された部分はありますか。

込山
撮影は、もうとにかく短い時間なので、ともかく撮ってくる。それが期待以上にもいい話がたくさん撮れたんですよ。なぜか良い画が撮れる。誰かが押してるんじゃないかって思いました(笑)。難しかったのは編集ですね。人に伝わる順番とか、そういうのを考えながらやりました。でも苦労というより、みなさんこの作品をご存知で、思い入れがある方々だったので、そこは苦労はありませんでしたね。ただ、真夏の撮影で、37度ぐらいの炎天下で話をずっと聞いていて。渡部久仁子さんも、すごく熱心にお話ししてくれるのでカットできないんですよ。炎天下での撮影は大変でした(笑)。

タイトルに込めた思い

――このタイトルがいいですよね。“まだ”って部分が特に。

込山
スタッフみんなで考えて、「これがいいんじゃない?」となりました。意味は、80年前にあんな悲惨なことがあって、広島、長崎で何十万人が亡くなって、東京大空襲も含めてすごい犠牲があるのに、いまだに核廃絶どころか、核軍縮すら行われない。ますます核で脅すみたいなことがある。戦争も全然終わらないし、軍備も増強される。もしゲンが生きてたら、絶対に怒ると思うんです。「何やねん!」「何してんの?」って。「こんなひどい目にみんなあってんのに、なんでまだそれをやめないの?」って。もちろんゲンと、作者の中沢啓治さんも怒るだろうし、生前は怒っていましたしね。未だに終わらない。そして未だに子供たちが犠牲になっている。ガザの映像とか見ると、子供たちが血だらけになって死んでいくじゃないですか。

祖父の体験が後押しした

――監督のお祖父様は東京大空襲で亡くなられたそうですね。

込山
はい。編集している時に、祖父のことを思い出していました。祖父はキリスト教会に通っていて、戦争反対の平和主義者だったらしいんです。母親が12歳の時に亡くなっているので、母にとってはすごく辛い体験でした。母はそのことを、私が子どもの頃に何度も話していました。キリスト教会に通っていたりするから、敵国の宗教を信じているということで「非国民」みたいな感じで、特高警察にしょっぴかれたこともあったらしいんです。そういうのを聞いて育っていたので、『はだしのゲン』のお父さんが「竹槍訓練くだらない」と言って参加しないとか、非国民って言われて捕まっちゃうとか、なんか全てが重なってきたんですよね。

込山
祖父には会ったことがないですけど、当時、軍国主義がすごい時代に、戦争反対とか言うと、そういうことが起きただろうし、それでも信念を曲げなかった人なのかなぁと。半分は妄想になっちゃうかもしれませんけど、母から聞いていることを繋ぎ合わせるとそういうことかなと思って。それがなんか後押ししたような気がしますね。

「込山スタイル」――距離を縮める取材術

――取材する上で大切にされていることはありますか。

込山
取材相手と話すうちに愛情が湧いてくるんですよね。そうすると、いろいろ質問ができるというのがあるかもしれない。それと、ちょっとずるいかもしれないですけど(笑)、距離を縮めると相手が油断するっていうのがあるんですよ。でも、それを活かす仕事だから良かったです。海外にもいろいろロケに行ったし、障がい者の方たちと触れ合うことも多かったし、右翼の人たちの映像を撮ったり……。いろんな人を撮ってきました。だからあんまり緊張感はない。緊張する時は緊張しますけど、こっち側が笑顔でいくとなんとかなるみたいな、そういう感じですかね。

――このお仕事を続けてこられて得られる醍醐味とは?

込山
番組や映像作品を作るのが、ともかく好きなんです。もちろんそれによって何かを伝えられるというのが楽しいですし、そこに自分が少しでも協力できたらいいなということですね。現場に関して例えるなら、釣りや狩猟とか、獲物を獲るのに近い感覚があるんですよ。狙っていたものが獲れたというのももちろん嬉しいですけど、狙ったものと違うけど凄いものが撮れた――そういう時が一番嬉しいかもしれないですね。想像を超えるんですよ、撮影してると。だから自分をいつもニュートラルにしておくこと、あんまり決め込まないっていうのは意識していますね。「今日はあそこ取材に行って、何が撮れるかわからないけど行ってみようか」って、行く時も結構あるんです。そうすると、すごいことが起きちゃうとか。そこがやっぱり劇映画と全然違う面白さ、ドキドキですね。

――今後、撮りたいものはありますか。

込山
企画もいろいろ出していて、それができればやるんですけど。兵庫県の山村に住む家族を30年くらい追いかけている『百姓家族』という記録があるんです。そのビデオがいっぱいあるので、それを再編集して映画化したいなというのはありますね。

――最後に、この作品をご覧になる方へメッセージをお願いします。

込山
80年前といっても、若い人にとっては大昔みたいに思うかもしれませんけれど、現にその若い人のおじいちゃん、おばあちゃんが体験したすごい悲惨なことがあって。やっぱり忘れちゃいけないし、知らないと怖いことに巻き込まれる。戦争というものがどれだけ市井の人に影響を与えるかということを認識しておかないと。知ることは大切です。その最初の一段階として、この漫画『はだしのゲン』は素晴らしいし、それを漫画で読むのが大変だったら、まず入門としてこの映画を見ると分かるよ、と。どういう漫画なのかが、かなり分かると思います。入門編として本作を楽しんでもらえたら嬉しいです。

『はだしのゲンはまだ怒っている』

2025年11月14日(金)より[広島]サロンシネマ

11月15日(土)より[東京]ポレポレ東中野 ほか全国順次公開

企画・監督・編集:込山正徳

制作:東京サウンド・プロダクション

製作:BS12 トゥエルビ

配給:アギィ

2025年/日本/90分

©BS12 トゥエルビ

インタビュー・文・撮影:ごとうまき