【100年後も受け継がれゆく名作】令和を生きる私たちの心に深く刻まれる『頭痛肩こり樋口一葉』観劇レポート

(2場より)写真左から若村麻由美、貫地谷しほり 撮影:宮川舞子
舞台

明治を代表する女流作家・樋口一葉と女性たちが紡ぐあの世とこの世の狭間

9月2日(金)から9月11日(日)まで大阪・新歌舞伎座にて、こまつ座第143回公演『頭痛肩こり樋口一葉』が上演中。
劇団こまつ座は1983年、作家・劇作家の井上ひさしが座付作家として立ち上げて以来、井上ひさしに関係する舞台を専門に作り続けている。劇団の旗揚げ公演のために井上ひさしが書き上げたこの傑作戯曲は、1984年に初めて上演され、何度も再演されている人気作。8月に紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA (東京)で行われた公演が終わり、ついに大阪にやってきた。
本作は近代国家に生まれ変わっていく明治の時代を力強く、逞しく生きた樋口一葉と彼女を取り巻く5人の女性たちを描いた樋口一葉の評伝劇。
樋口一葉(以下、夏子)を貫地谷しほりが演じ、増子倭文江、香寿たつき、瀬戸さおり、そして2013年、2016年公演の出演に続き、若村麻由美、熊谷真実が顔を揃える。演出を手がけるのは栗山民也。

あらすじ

明治23年(1890)樋口夏子(一葉)が19歳のときの盂蘭盆(うらぼん)から明治31年(1898)の彼女の母・多喜の新盆まで、いずれもそれぞれの年の盆の16日の夕方から夜にかけて描かれている(秋の場面が描かれる一つの例外を除けば)。
父や兄に先立たれ、16歳にして相続戸主となった樋口夏子(一葉)は、一家の暮らしを支えている。母の期待や妹の優しさに応えようと孤軍奮闘の日々を送り、恋をする自由も将来を夢みる余裕もなかった。そんな中で彼女はただ墨をすり、筆を動かすためだけに身体をこの世に置くと心に決めた。そして、明治24年の盆の夕刻。「ぼんぼん盆の16日に 地獄の亡者が出てござる……」 少女たちの歌う盆歌に導かれ、一人の幽霊・花螢が夏子のもとを訪ねてきた。それから毎年16日に花螢は夏子の元を訪れ、次第に二人は心を通わせていくーー。

(1場より) 写真左から貫地谷しほり、瀬戸さおり
撮影:宮川舞子

彼女の肩には世間体を気にして、自分勝手で上昇志向が強く、だけど周りから慕われる母の多喜(増子倭文江)や、家族のことを一番に考え、夏子を尊敬する妹の邦子(瀬戸さおり)がどっしり乗っかっている。また恨みつらみを残して成仏できずに下界を彷徨う花螢(若村麻由美)は、恨みの元を辿るうち、恨みの連鎖を断ち切ってしまう。旗本のお姫様から落ちぶれても逞しく生きる稲葉 鑛(香寿たつき)、玉の輿に乗って幸せな日々を送っていたが、夫の手厳しい裏切りにより女郎になった八重(熊谷真実)など、登場人物それぞれに切実な背景があり、愛すべき存在たちなのである。
そんな6人それぞれに、観る人自身や身近な人物が重なり、はたまた天国へ旅立った大切なあの人にも想いを馳せるのではないだろうか。普遍的なテーマが散りばめられているからこそ、多くの人が共感し、こうしてこの作品が受け継がれているのだろう。
時代に、運命に抗うことのできないやるせなさ、切なさ、悲しみ、怒り…。そういったものを抱えながらも、逞しく生きる6人の台詞にも共感するものがある。中には今の私たちの気持ちを汲み取り、言語化したかのような台詞も。あぁ、100年以上経ったいま、ジェンダー平等が叫ばれようとも、本質的な部分は何も変わっていないんだと…。

(7場より) 写真左から香寿たつき、瀬戸さおり、増子倭文江、貫地谷しほり、熊谷真実
撮影:宮川舞子

22歳の若さで、自分自身に「法通妙心信女」という戒名をつけていたという樋口一葉は、多くの名作を残して24歳でこの世を去った。一葉が小説を通して世の中に訴えかけたことが、令和の時代を生きる私たちの心にも突き刺さり、大きく心を揺さぶられる。
こう書くと、なんだか重くてシリアスに聞こえるが、芝居はコミカルで痛快。客席からは幾度となく笑い声が溢れる。とりわけ夏子と花螢のユーモラスな交流は、口元をふっと緩めてくれる。若村麻由美演じる花螢という幽霊は、見た目は美しく妖艶なのに、中身は天然でお人好し、それでいて人間よりも生き生きとしている。そんな彼女がたまらなく愛おしい。
だけどやはり、根底には時代に翻弄された6人の女性たちの悲しみや切なさがあり、それらが色濃く浮かび上がる。笑うことで、お酒を飲むことで、歌うことで、悲しみや怒り、やるせなさを吹き飛ばそうとしていたのではないだろうかーー。

(4場より) 若村麻由美
撮影:宮川舞子

(3場より) 写真左から香寿たつき、増子倭文江、貫地谷しほり、瀬戸さおり、若村麻由美、熊谷真実
撮影:宮川舞子

この世の全ては諸行無常であること、生と死、男と女、この世とあの世…この作品そのものに宇宙の法則が描かれているように私は感じる。
観劇中、気づくと私は泣いていた。どの場面で、どの台詞が琴線に触れたのかはわからない。ただ、静かにゆっくりと心に沁みわたり、そして深く刻まれていく…。
 さて、本作は前述した通り盂蘭盆16日の夕方から夜にかけて、一年ごとに場面が変わっていくのだが、場面ごとの細かい演出の変化にも目を凝らすと楽しい。例えば夏子が引っ越す度に変わる廊下の位置や、内装も微妙に変化している。また、仏壇や夏子のランプは1984年の初演時に使用されたものとのこと。
作者、演出家、キャスト…、関わる全ての人の本作への愛と熱意が感じられる作品となっている。観る人に何かしら大きなギフトを与えてくれる、時には生きる希望さえくれる本作は、何度でも観たいと思わせてくれる作品となっている。『頭痛肩こり樋口一葉』は9月11日(日)まで、大阪・新歌舞伎座で上演中!

(1場より) 貫地谷しほり
撮影:宮川舞子

公演概要・チケット

こまつ座 第143回公演
「頭痛肩こり樋口一葉」
出演:
貫地谷しほり 増子倭文江 熊谷真実
香寿たつき 瀬戸さおり 若村麻由美
公演期間 2022年9月2日(金)~9月11日(日)
料金 (税込)
1階席 11,000円
2階席 6,000円
3階席 3,000円
特別席 12,000円

チケットこまつ座 第143 回公演 「頭痛肩こり樋口一葉」 ○一般発売 | 新歌舞伎座ネットチケット[演劇 演劇のチケット購入・予約] (pia.jp)

新歌舞伎座テレホン予約センター06-7730-2222(午前10時~午後4時)

文/ごとうまき