「僕らが壊したものを、彼らは整え直している」映画『百姓、わらう。』柴田昌平監督インタビュー

インタビュー

日本の人口のわずか0.1%。49歳以下の百姓たちを4年にわたって見つめた映画『百姓、わらう。』が、10月17日(土)から第七藝術劇場、23日(金)から京都シネマで公開される。

いきなりエモーショナルな書き方で恥ずかしいが、私は試写室で、自分の原風景をスクリーンの中に見たようで、温かく懐かしい気持ちになり、ふいに涙があふれた。なぜなのだろう。

実は私の実家は、兵庫県加西市にある兼業の米農家だ。都会から婿養子としてこの家に来た父は、公務員として働きながら、土日になると祖父母と一緒に慣れない農作業に勤しんでいた。6月には田植えの出番を待つ苗箱が庭にずらりと並び、秋は稲刈り。そのあと納屋から響いてくる、ものすごく大きな籾摺り機の音が今も耳に残っている。その田んぼも今は営農組合に預けているが、組合員は20人を切り、いちばん若い人でも50代だという。

私が映画を観ながら、ふいに涙があふれた――その理由はおそらく、都会から来て黙々と田んぼを守ってきた父の背中も、若い百姓たちの姿とどこか重なったのだろう。それと同時に、恥ずかしくもなった。一年を通して、田んぼと米作りのいちばん近くにいたはずの私は、何も知らず、興味を持とうともしなかったのだ。そのことに気づかせてくれた本作、柴田昌平監督は若い農家たちの中に何を見たのか。

若き百姓たちの言葉

――監督の前作『百姓の百の声』では”レジェンド級”の百姓を描かれました。今回、49歳以下に絞ったのはなぜですか。

柴田
前作の上映会に、若い農家がたくさん来てくれたんです。終わってからも話が尽きなくて、「せっかくだから田んぼや畑を見せてください」と訪ね歩くうちに、上の世代とは感覚が違うと気づきました。彼らの日常会話に「100年先」が出てくるんですよ。この土を100年後も豊かにしたい、この村を100年後も美しくしたい、と。そのことにまず驚きました。僕は1963年生まれですが、僕らの世代は高度経済成長期の右肩上がりで、何となくやっていれば豊かになると思っていた。でも結局、日本はいろんなものを失ってきた。高度経済成長もバブルも知らない若者たちが「100年先」を語るのを聞いて、申し訳ない気持ちになりました。僕らが壊してきた環境を、彼らはもう一度整えようとしているんじゃないかと。

――なぜ彼らは100年先を見据えるのでしょう。

柴田
僕らが壊してきたのを見ているからだと思います。こんなに簡単に壊れるのか、と。一方で、僕らにはなかった手がかりもある。土の中の微生物のことも、今は科学で分析できる。それに彼らが尊敬しているのは僕らの世代じゃなく、戦前を生きた人たちなんです。100年前の先輩を敬い、自分たちも100年後に向けて生きている。

――冒頭に登場する岡田和樹さんは、椎葉クニ子さんの知恵を受け継いでいます。

柴田
伝統的な焼畑農業を守り継いできたクニ子ばあちゃん(2023年に99歳で亡くなった)は、NHKスペシャルで取材したご縁なんですが、僕は失われつつある記録を撮っているつもりだった。その”失われる世界”を”生きよう”とする若者がいることに、まず驚きました。迫力があるし、しかも朗らかで、全然暗くない。ちなみに岡田さんは「僕に100年という概念はない」と。もっと長い軸で考えているんです。撮影はしていないけど、彼が育った海辺の町を案内してもらったことがあって。散々海を壊して造った埋め立て地が、産業が衰えて今は使われていない。我々はなんてひどいことをしてきたのか。いい意味でも悪い意味でも、相当打ちのめされました。

――取材で特に印象に残った言葉は?

柴田
北海道の酪農家・平石拓也さんの「平凡な小さな牧場の、平凡な毎日の延長に、本当の豊かさや自由がある」という言葉です。子どもに歯磨きをさせる、家族でご飯を食べる。タイパの時代には「早く済ませて」となることの中にこそ豊かさがある。そう考えると、ものすごく自由になれるって。彼は元々は大規模化して借金を背負った苦しいところから少しずつシフトダウンして放牧酪農の「足るを知る」経営に辿り着いた人。だからこそ、説得力がある。僕はあの言葉がすごく好きなんです。

柴田
お金の話でいえば、「土中の菌たちと友だちだね」とみんなから言われる森昭暢さんは「所得400万円の農業と600万円の農業は違う」と言う。600万円を目指せば人を雇って管理する仕事になり、質が変わる。400万円なら作物や生き物と対話しながら、家族との時間もたっぷり取れる。まず望む暮らしがあり、そのためにいくら稼ぐか。明快なロジックと計画性があるのが面白かった。

――森さんのパートでは、土の中の微生物の世界をクレイアニメで見せていて、とても分かりやすかったです。

柴田
自然農法的なことって、みんな”神話”だと思っているでしょう。そんなの嘘だろうって。でも実際は、世界中がいま本気で研究している分野なんです。日本ではそこにほとんど光が当たっていない。だから目に見える形で、きちんと明らかにしたかった。即効性はないけれど、薬を入れてしまうと効果がなくなる。土壌を育てていくことの大切さを伝えるには、アニメーションがあった方がいいと思ったんです。

――山形のコメ農家、高橋直之さん・紀子さん夫妻は、自分たちが発起人となり、村祭りまで開いています。

柴田
山形では、ああいう小さな祭りが同時多発的に生まれているそうです。あの夫婦ほど明快でなくても、みんなどこかでそういう場をつくっている。「子どもたちに楽しい体験の記憶を残してあげたい」と。その世代が気づきながら、社会を動かしているんだと思います。

冷たいのは、農業の”周り”

――一方で、農政の浅さも浮き彫りになります。

柴田
僕は本格的に農業を取材するようになる前は、「農水省に聞けば農家のことが分かる」と思っていたけど、それは幻想だとよく分かった。研究者もひもつきが多く、農家の立場で考え、発信する人が本当に少ない。農業そのものは豊かなのに、周りがものすごく冷たいんです。地域の行政にはちゃんとした人もいるけれど、政治は冷たい。メディアも冷たい。だから消費者も無関心になり、安ければいいとなってしまう。取材中、コロナ後の輸出再開を見込んで補助金で牛を増やすよう促された畜産農家が、輸出が伸びずに苦しんでいた時期がありました。その痛みに一言も触れず「これからは赤身肉の時代」と語る解説者がテレビに出ていて……。みんなメディアを通してしか知り得ないのに、農家の側に立つジャーナリストが極めて少ない。メディアの責任はものすごく大きいと思います。

――農家の娘でありながら、そうした現実を何も知らなかったと反省しました。

柴田
実家のことを考えないのも、どこかで農業は遅れている、儲からないと思っているからかもしれない。でも実際は知恵に富んだ世界なんです。改善できる点はたくさんあったのに、政府もメディアもやってこなかった。でも、みんなの語り口や発想が少しずつ変われば、見え方も変わる。ラストで村上厚介さんが言うように、若者はきっと戻ってくると思うんです。

自分で撮る、夫婦で撮る

――映像の美しさも印象的です。ドローンも監督ご自身で?

柴田
人に頼むと高いし、飛ばしたい時に飛ばせないからね。学生時代、文化人類学の調査実習で山梨の芦川村という標高900メートルほどの村に通い、大学を休んで農業を手伝いながらお年寄りの話を聞いていたんです。今では僕の”ふるさと”のような場所で、ドローンの練習もそこに泊めてもらってやりました。撮影自体も前作から自分でやるようになりました。大事な農作業はいつになるかは直前まで分からないし、腕のいいカメラマンは1カ月以上前に押さえないといけない。結局、自分で撮るしかないんです。

――プロデューサーで撮影も担う大兼久由美さんは奥様です。

柴田
どんなに喧嘩しても一緒にいる、それが夫婦の良さかな(笑)。妻は超ポジティブで、うまくいかない日も二人でいると波を乗り越えていける。畑も二人で始めたけど、段取りの考え方が違って喧嘩になるから、今は妻が中心です(笑)。

――農家の皆さんが心を開いているのも印象的でした。

柴田
僕は農家の技術に興味があるんです。田植えを苗1本でするか、2本か3本か、みんな違う。「何が大変ですか」「喜びは何ですか」と聞く取材者は、まず相手にされない。でも「なぜその品種なんですか」と聞くと面白がってくれる。赤ちゃんを「可愛いですね」と言われるより、「どう育ててるの?」と聞かれる方がうれしいでしょう。彼らは作物に子育てのような喜びを感じているから。とはいえ前作『百姓の百の声』の取材の最初の1年は、農家の言葉の意味がさっぱり分からなくて苦労したんですけどね。

「わらう」に込めたもの

――タイトルの「わらう」をひらがなにした意図は?

柴田
笑うって、うれしい時だけじゃない。冷たい世の中で、悔しいけど笑う、悲しいけど笑う。漢字にするとニコニコ笑うに見えてしまうので、その向こうにあるいろんな笑いを込めました。

――最後に、メッセージをお願いします。

柴田
東京の上映では、みんな笑顔で劇場から出てきてくれて、すごく励まされています。あの笑顔を取り戻してほしいし、その笑顔を100年先も続けるにはどうしたらいいか、それぞれが考えて動いてくれたらうれしい。野望としては、10万人が観れば変わると思っています。映画の10万人は、口コミも含めて100万人分の力になる。今の若手農家と同じくらいの数の人が、2時間以上かけてきちんと観てくれる。こんな小さな映画だけど、不可能じゃないと思っています。

それにね、もし後藤さんが「実家の農業をちょっと手伝いたい」「地域を手伝いたい」と思えるようになったら、それは本物だと思う。友達同士で「今年はついに実ったんだよ」なんて話が日常会話になってきたら、日本の農業は本当に回復すると思いますよ。

作品紹介
『百姓、わらう。』(2026年/138分)

監督:柴田昌平
10月17日(土)第七藝術劇場、10月23日(金)京都シネマ 上映
https://www.100sho.info/

 

インタビュー・文・撮影:ごとうまき