【味わい深いロードムービー】バルカン半島の美しい風景をいま、みよう『いつか、どこかで』

(C)Cinema Drifters
エンタメ

リム・カーワイ監督作品『いつか、どこかで(2019)』が1月29日(金)まで池袋シネマ・ロサで上映中だ。そして2月20日(土)~2月26日(金)まで名古屋・シネマスコーレで、2月27日(土)~3月5日(金)まで神戸・元町映画館での上映を予定している。

本作は、東京国際映画祭2020で話題を呼んだ9カ国の人々が繰り広げる多国籍名言語の群像劇、幾つものストーリーが交差しテンポよくに進んでいく『カム・アンド・ゴー(2020)』のリム・カーワイ監督が2018年にバルカン半島のセルビア、モンテネグロ、クロアチアを舞台にした味わい深いロードムービーである。

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バルカン半島三部作シリーズの二作目

『いつか、どこかで』は前作のスロベニア、北マケドニアを舞台にした『どこでもない、ここしかない』に次ぐバルカン半島三部作シリーズの第二作目にあたる。

本作の主役はアジア人女性のバックパッカー。2年前に彼氏を交通事故で亡くしたマカオ人女性のバルカン半島での旅を通しての自らの成長と、現地で暮らす人々のありのままの姿、同時に主人公アデルが旅先で出会う人々との交流から浮かび上がるバルカン半島の歴史と現代社会のテーマを織り交ぜた作品となっている。

本作で映し出されるバルカン半島の絶景と美しい街並みは、2020年の見えないウィルスにより生活が一変してしまった私たちに「いつか、どこかでこの地に行きたい、風景にふれたい」といった希望を見せてくれる。

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あらすじ

マカオ人のアデラは彼女が寄贈した品物が展示されている《別れの博物館》に向かっていた。その展示品とは死別した恋人の残したスマートフォンである。その後インスタグラムで知り合ったセルビア人と会うためにセルビアの首都オグラードへ向かうのだが、そこでとある男と出会う。その男も心にある傷を抱えていた。無事オグラードに到着した彼女だがアレックスは一向に現れない。 しばらくオグラードに留まることになるが、ここで彼女はさらに様々な人々との出会うことによって新たな自分を見つめ成長していく・・・・

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本作の見どころ

長尺でスピード感のある『カム・アンド・ゴー』に対し、今作は80分だが風景が流れるように緩やかにストーリーが進んでいく。最も印象的だったのがバルカン半島の美しい風景と主人公アデラの美しさ。この二つが一体化し、まるで絵画を切り取ったかのような描写に思わずため息が溢れる。

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舞台となったバルカン半島

舞台はクロアチア、セルビア、モンテネグロであるが、中でもクロアチアとモンテネグロは日本人にも人気の観光地である。しかし撮影は有名な観光名所ではなく、あまり知られていないまたは観光客が少ない場所を選んで撮影したとのこと。クロアチアの最大の港であるリエカは観光地としては知名度は低い。冒頭に出てくるクロアチアにある《別れの博物館》も実際に存在するが、実はあまり知られていない穴場スポットである。このように観光でも訪れる人が少ない場所が多く出てくるために、一旅人としても見ごたえたっぷりである。

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リム監督のオリジナリティ溢れる制作スタイル

『カム・アンド・ゴー』は脚本がなく即興で撮ったというが、本作も同様に脚本を書いていないとのこと。”旅をしながら映画を撮る”というリム監督の撮影形態の関係上、少人数のスタッフと限られた日程で作られている。むしろ様々な準備をして撮影に挑むよりも、自然に身を任せての即興での撮影だったからこそ、このような自然なロードムービーが出来上がったのだろう。

 

ユニークなキャスティングスタイル

主人公のアデラを演じるのは、2013年度のミスマカオにも選ばれモデル女優として活躍中のアデラ・ソーその瑞々しい美しさは言うまでもないが、彼女の自然体の演技がリム監督の制作スタイルにマッチしキラリと光っていた。

アデラがパーティからの帰り道に出会うカテリーナは舞台女優で、運転手のペタルはセルビアのNetflixオリジナル映画にも出演しているベテラン俳優、他にもセルビアのヒットドラマに出演中の女優などが出演している。

ペタルの愛娘を演じた女性は監督自らスカウトしたという現地の女子大生である(女優のように美しく絵になっていた)。そして撮影期間中に監督たちが宿泊していたというゲストハウスで出会った人たちも出演、それがチュニジアのラッパー、ポーランド系イギリス人女性である。また、監督の知人の日本人ファミリーも出演していたりと、そのオリジナリティに溢れたキャスティングのスタイルからも監督の唯一無二感が溢れる。

全員が役者であるということを前提に観ていた私はこの事実を知って衝撃を受けた。素人だからこそ出せる空気感、それぞれの魅力を自然に引き出されているところは監督の人柄が成せる業であり、本作の最大の魅力なのかもしれない。

リム監督は『僕にとってキャスティングも脚本の一つ、インスピレーションと考えている』と後のインタビューで述べている。

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1999年を巡る歴史の事件と2018年

アデラが旅を通じて出会う人々との会話から見えてくるマカオとバルカン半島の歴史的背景。

カジノで有名なマカオがポルトガルから返還された年が1999年、一方のバルカン半島ではコソヴォ紛争という民族紛争が続き、1999年はNATOがおこなったユーゴスラビアへの空爆が凄惨な事件として記憶に残ることになった。本作での登場人物もコソヴォ紛争によって両親を亡くし、故郷を離れるといった紛争犠牲者であった。奇しくもマカオとバルカン半島の両者にとっての1999年をめぐる歴史が2018年、アジア人女性とバルカン半島の人々の出会いによって浮かび上がるのだ。

また同時に本作が撮影された2018年、Instagramは既に人々の最も身近なSNSの一つとして定着し、ジェンダーマイノリティやLGBTといった言葉も一般社会に拡散した年であったように思う。撮影した年の社会現象が描かれていることにより、遠い未来に本作を観たときにこれも一つの歴史となっているのであろう。

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レビュー

個人的に映画の中での”音楽”の重要性は大きい。時折流れるピアノの音色、クラシカルな曲調が”エモさ”をさらに引き立てている

バルカン半島は以前から行ってみたい場所の一つで、本作を通して見た美しい国々への憧れは、より一層強くなった。だが、世界はこのありさまだ。タイトルのように、この美しい国を実際に訪れることができるのが本当に“いつか、どこかで”になってしまい、ジレンマを感じる。以前のように気軽に旅に出られるような日々が戻ることを待ちわびている。本作はバルカン半島三部作のうちの第二作目だが、リム監督曰く「コロナがなかったら去年の夏に第三作目を撮っていたかもしれなかった」とのことだ。バルカン半島三部作の第三作目「いつか、とってね」という気持ちで、次回作を楽しみにしている。

作品概要

監督:リム・カーワイ
製作:2019年製作/81分/セルビア・クロアチア・モンテネグロ・マカオ・日本・マレーシア合作
原題:Somewhen, Somewhere
配給:Cinema Drifters

 

文/ごとうまき