【‟人生のマジックアワー”に共感】東京で生きる若者の苦くて甘い物語『明け方の若者たち』

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会
映画
2012年から2017年頃までの東京の名大前、下北沢、高円寺、渋谷、新宿三丁目などを舞台に20代の若者たちの恋や仕事、何者にもなれずに大人になった葛藤を描いた作品。カツセマサヒコによる長編小説デビュー作を、自身も俳優として活動しながら「ホリミヤ」「21世紀の女の子」などでもメガホンをとる23歳の松本花奈が監督を務めた。主演の‟僕”に「君の膵臓をたべたい」「東京リベンジャーズ」の北村匠海、“彼女”を「カツベン!」の黒島結菜、“僕”の会社の同期で後に親友となる尚人をテレビシリーズ「ウルトラマンタイガ」の井上祐貴が演じる。彼女からの視点で描いたアナザーストーリーがAmazon primeで1月8日から配信スタート!

あらすじ

前半は「花束みたいな恋をした」後半はまさかの展開にーー。

2012年4月、名大前の居酒屋で、希望する企業から内定を勝ち取った自称“勝ち組”の学生たちの飲み会が行われていた。「勝ち組」という表現に失笑しかないのだが、これは劇中での発言。2009年~2012年は就職氷河期逆戻りで内定取り消しに就活デモも行われたため、まぁ、一応このような時期に、希望する企業から内定を勝ち取った学生は‟勝ち組”になるらしい。しかしこの“勝ち組”も伏線となり、彼らが5年後どうなっているかも見どころの一つとなっている。
主人公の“僕”(北村匠海)は、この飲み会で出会った“彼女”(黒島結菜)に一目惚れし、中盤までは『花束みたいな恋をした』を彷彿とさせる二人のラブストーリーが繰り広げられる。そう、本作、名大前から始まる大学生の恋やサブカル(ヤングアダルト、エイリアンズとかキノコ帝国)など、内容が『花束みたいな恋をした』とよく似ている。また、何者にもなれずに大人になってしまった若者たちの葛藤や夢と希望に溢れていた青春を振り返るところは『僕たちは大人になれなかった』のストーリーにも通じるし、下北沢を舞台にお洒落に描かれるところには今泉力哉監督の『街の上で』が脳裏をよぎる。シモキタ、高円寺、渋谷は、青春時代を過ごした人も多く、これらの街並みにも懐かしさを覚える人も多いだろう。
しかし、『花束…』は、ほぼ恋愛に特化したストーリーに対して、本作は大学生から社会人になる変化や葛藤、恋愛、友情、転職などを含める若者たちの生き様が描かれている。中盤以降に前半の伏線が回収され、バラバラだったピースがキレイにはまっていくのだが、この完成したパズルに不満を持つ人と満足する人と大きく評価が分かれるだろう。

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

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20代の人、20代をとっくに過ぎた人、これから20代を迎える人によって見え方が異なる作品

多くの人たちが経験したであろう、学生時代に描いていた夢と現実とのギャップ、社会の理不尽なルールやなんの変哲もない繰り返しの退屈な日々。蜜月の日々と失恋。だけど振り返って思い知る「あの頃が“人生のマジックアワー”、青春だったんだ」と。
この時代を生きたリアルな1990年生まれより少し年上だけど、大学・社会人と東京、渋谷界隈を過ごした同世代の私にはめちゃくちゃ刺さりまくり共感の嵐だった。リアルな年代の人はどのように感じただろうか。そして、これから20代を迎える10代、今の20代がどんな感想を持つのか、気になるところだ。

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

レビュー(※ネタバレ含む)

見る人の生き様や価値観、道徳観念が浮き彫りになる

“僕”の「好きだよ」に“彼女”の「ありがとう」の関係性が切ない。そう、大抵はこの言葉を返す時“まぁまぁ好き”ではあるが、“めっちゃ好き”はないだろう。
既婚者との恋愛、不倫に対しては色んな意見があるが、私は劇中の“僕”が言っていたように、浮気や不倫とか関係なく、誰かを本気で好きになることは素晴らしいことだと思う(だけど相手の家庭は壊しちゃダメ)。
そして全力で恋しておもいっきり傷つく経験も“人生のマジックアワー”期だからこそ美しいわけで、実際に30代、40代と年齢が上がっていくに連れてこのような経験はできなくなってくる。様々な打算や惰性が絡み合い感情にブレーキがかかり、本気の恋さえも若い頃よりも簡単には出来なくなってしまうから…。だから“僕”は若いうちに経験してよかったんだよ、って私は思う。

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

叶わぬ恋に男が泣かされる時代の変化

過去の作品での多くが、既婚者男性との恋に敗れた不倫に苦しむ女性姿の描写が多かったが、近年では男女が逆転していりことは多く感じられる。きっと、昭和の頃の価値観であれば男が情けない姿を見せるのはカッコ悪いとされていたから描かれなかっただけで、性別問わず実際には失恋するとズタボロになるんだよね。
傷心を癒すために同僚たちに誘われて行った風俗のお姉さんに涙を見せながら胸の内を話して慰めてもらうシーンが筆者は一番好きだ

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

あざとい女になりたきゃ、本作の“彼女”をお手本にせよ

女ならわかる、“彼女”の誘い方とあざとさよw
そこそこ経験を積んできた女性なら、「あ、この手使ったことある」って思わなかったかい?そして、出会いの飲み会のシーンで“彼女”の財布の汚さが映し出された時、「あ、この女だらし無い」って思わなかったかい?「財布の汚さ」の描写にはあえての意図があって、「財布の汚さ=男に対してのだらしなさと曖昧さ」という彼女の性格が表現されているのかなと。

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

脇を固める役者たちの名演技に圧巻

それにしても、“僕”の同僚の尚人役の井上祐貴が一際輝いてカッコよかった(筆者のどタイプだわ)し、上司中山役の山中崇、濱田マリなど脇を固めるベテランの役者たちの演技も素晴らしかった。
まだまだ書きたいことが山ほどあるけど、最後にマイナス点を一つ挙げるとするならば、出演者の事情もあるだろうが、バスローブ着たままの濡れ場を撮るならいっそのこと無い方が良かったかと。逆にシュールだったけどねw

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

なんだかとっ散らかった文章になってしまったが、つまり本作は、30代以降の大人たちは本作を見て、「こんな時もあったね」と遠い目をして懐かしむだろうし、20代の若者たちは“僕”と比べてどう思うか・・・。めちゃくちゃ共感するかもしれないし、おもいっきり批判したくなるかもしれない。その人の生き様や価値観、もっと言うと不倫や浮気に対する考え方によって、好き嫌いがはっきりと分かれる作品だと思う。私は“僕”の気持ちも“彼女”の気持ちもわかるから、めちゃくちゃ共感してめちゃくちゃ好きな作品になった。見終わった後、KIRINJIの「エイリアンズ」が聴きたくなった。気になっている人は是非。あ、カップルでの鑑賞はお勧めしません。

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

明け方の若者たち

監督:松本花奈
脚本:小寺和久
原作:カツセマサヒコ
キャスト:北村匠海、黒島結菜、井上祐貴、山中崇、楽駆、佐津川愛美、高橋ひとみ、濱田マリ
製作:2021年製作/116分/R15+/日本
配給:パルコ
文/ごとうまき