女の生き様とは
生まれも育ちも異なる二人が出会うことによりそれぞれの人生(呪縛)から解放されていく。
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Contents
あらすじ
舞台は東京。2016年元旦、渋谷区松濤に住む開業医の娘で箱入り娘として育てられた三女の華子は親族との会食のため都内のホテルに向かっていた。そこに現れたのは華子一人、一緒に来るはずの婚約者の姿はなかった。「結婚=女性の幸せ」だという価値観を植え付けられて育った彼女は、初めて人生の岐路に立たされる。あらゆる手段でお相手探しに奔走し、家柄も良いイケメンの男性、青木幸一郎に出会い結婚することになる。一方で富山から大学で上京し、東京で自立して生きる美紀、東京にしがみつき生きていく意味をみうしなっていた。二人の人生が交錯しそれぞれの新たな世界が開かれていく。
【考察】みんなの憧れで作られた都会 “幻の東京”と見えない“カースト”
本作の舞台は東京。といっても舞台は港区、中央区、渋谷区、千代田区中心に進んでいく。日本も住む場所によって棲み分けされており、違う階層の人たちとは日頃出会う事はない。特に東京においてはその傾向が顕著である。それが暗黙の了解であるかのように、誰しも口には出さないが、確かに階層は存在する。
東京に住む上流階級の人々と地方出身者
本作は人物の描写や会話、服装やバッグなど細かい部分も忠実に再現されていてリアリティに溢れる。
幸一郎の親族、華子の親族の立居振る舞いや話しことば。対して美紀の実家、地元の同級生、全てにおいてリアルで思わず笑ってしまうほどである。
シェラトン都ホテル東京の天井の高いラウンジでお茶をする華子たち、実際にあのようなお嬢様達がホテルのラウンジでアフタヌーンティーを楽しむ姿はよく目にする。
美紀の地元の富山での“地元あるある”も地方出身者であれば共感できるのではないだろうか。
上流階級の人々と田舎のマイルドヤンキーの共通点
大学の内部生と外部生、東京出身者と地方出身者、タクシー移動と自転車移動、セフレと婚約者…。常に対比しながら物語は進んでいくが、劇中に美紀が東京タワーを眺めながら話すシーンが印象的である。東京に住む上流階級の人々と地方のマイルドヤンキーと呼ばれる一見異なる人たち、共通するのはそれぞれ狭いコミュニティの中で生きていて、外を知らないということである。
『あのこは貴族』の“あのこ”が平仮名な理由
「あのこ」とは華子だけをさしておらず、幸一郎のことも含めているからである。
上流階級には上流階級なりの苦悩(生まれた時から決まった道、選択の自由がない、結婚、跡取りの問題など)が描かれていて、幸一郎からはある種諦めのようなものも感じられる。選択の自由がない(本人次第で全て手放すことも可能であるが)のもこれはこれで辛いだろうな・・。
貴族と雛人形
本作は“お雛様”が何度か出てくる。一つが、華子が美紀に渡す「雛人形展のチケット」、もう一つが華子が実家の母と飾る雛人形のシーン。この描写が本作の題名と絡んでいて非常に面白い。お雛様と貴族の関係は非常に深く、桃の花の季節に女の子の健やかな成長を願う雛祭りは平安時代から続いている厳かな行事。人形(ひとがた)、あるいは形代(かたしろ)と呼ぶ草木あるいは紙やわらで作った素朴な人形に、自分の災厄を移して海や川に流した祓いの行事と、平安時代の貴族のお人形遊び(ひいな遊び)が結びついたのがひな祭りの始まりである。
女の子に『幸せな結婚ができますように』と願ってお祝いする桃の節句。「雛人形を仕舞うのが遅れると嫁に行くのが遅れる」と昔の人はよく言ったものだ。
実はその「桃の節句」に飾る「雛人形」も現代の女性の多様な生き方を苦しめるモノの象徴の一つなのかもしれない。
見どころ
日本を代表する一流ホテルの数々が舞台に。
ホテル椿山荘東京の庭園、シェラトン都ホテル東京の天井の高いラウンジ、日本橋のマンダリンオリエンタルホテルなど一流ホテルでの優雅なシーンも多く見られ、華やかに彩られる。
美紀と華子、華子の友人の逸子が会うホテルのラウンジでのシーン
筆者が感じた、本作の最も伝えたいメッセージ。そのシーンが美紀と華子、華子の友人の逸子が会うホテルのラウンジでのシーンである。逸子の話すセリフが本質をついている。本作の伝えたい事とは…。
逸子が私たち女性が感じている気持ちを言語化してくれた
特に逸子が、美紀に話すセリフが、本質を得たことを話していて、本作のメッセージの一つではないかと。そして逸子の言葉がこれからの女性の一番賢明な生き方ではないだろうか。
華子、美紀、逸子、この3人が会って話をするシーン、ドロドロシーンになるかと思いきや、なんとも穏やかで相手を受容するかのような対応。このようにお互いの違いを認めて受け入れるってなかなか出来ないことである。
本作を通して感じる自分らしい生き方と幸せの価値観
このように異なる環境で生きる二人の女性を切り口にして物語を展開しているが、これは女性に限ったことではない。男性には男性の苦悩もあり、それぞれがもつ固定観念や、“べき論”に囚われて生きづらさを感じ生きているのではないだろうか。そういった価値観や呪縛からの解放と自分らしい生き方を見つめるをテーマにした作品ではないかと。
レビュー
地方から上京し東京で生きる人たちにはとくに共感するのではないだろうか。特に東京に長く住んでいる人はわかりみが深い話だ。
かくいう筆者も美紀側の人間、東京に憧れ地方から上京した者で、これまた大学で出会った友人に広尾の豪邸で生まれ育ったお嬢様がいる。まさに彼女は貴族だった。これは自分の話ではないかと思ってしまうほど。そのため本作は共感、共感、共感の嵐だった。
文学的な映像表現と私たち女性(男性)の思いを巧みに映像化、言語化してくれた秀作。岨手由貴子監督の次回作が楽しみでならない。
あのこは貴族