【演出家・藤田俊太郎インタビュー】大竹しのぶが魂を宿した作品「ヴィクトリアは世界中のどこを探しても大竹さんしか演じられない」

インタビュー
 大竹しのぶが主演、21年ぶりの一人芝居となる シス・カンパニー公演『ヴィクトリア』が東京公演(6月30日まで)を経て、兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール(7月5日(水)〜6日(木))、京都芸術劇場 春秋座(7月8日(土)〜7月9日(日) )にやってくる。
 本作は、さまざまなヒロイン像を多くのフィルムに焼き付けてきた20世紀を代表する映画監督イングマール・ベルイマンが遺した独白劇。1972年に長編映画のために書かれたが、1990年にスウェーデン放送でラジオドラマとして初めて発表された。
そして今年、日本初上演となる本作を、大竹しのぶと演出家・藤田俊太郎がタッグを組み創り上げた。大竹しのぶは21年ぶりとなる一人芝居で、多面的な構造を持つベルイマンの世界観を卓越した表現力で魅せてくれる。
 今回関西での上演に先駆け、演出の藤田俊太郎氏が取材会に出席。作品や大竹しのぶさんへの思いなどを聞きました。

作品について── 

藤田
20世紀初頭から半ばのスウェーデンを舞台に、一人の女性の幼少期から晩年が描かれています。その中には、幼少期のコンプレックスや大切な人からの裏切りや失望、喜怒哀楽があるのですが、それらを乗り越え生きていく姿が、2023年のいまを生きる人々を勇気づけてくれるのではないでしょうか。上演時間の1時間10分は、とても集中力を使うと思いますが、終演後には開放感を感じていただけるかと。 6月24日に東京公演が無事に幕を開けましたが、終演後のお客さまの目が爛々としていたのが印象的で、手応えも感じています。
藤田
そして本作はベルイマンがずっと映画化、舞台化したかった作品です。鮮烈で悲しく美しく、そして言葉を大切にした作品で、舞台でしか表現できないのではないでしょうか。2023年、この作品を大竹しのぶさんという、控えめに言って世界一の俳優さんが、この役に魂を宿し、息吹を与えてくださいました。ベルイマンと大竹さんとの巡り合わせに感謝です。

大竹しのぶさんは観る人達に特別な時間を与えてくれる俳優

── 大竹しのぶさんは、“控えめに言って世界一の俳優”とのこと。改めて大竹さんの魅力について教えてください。
藤田
大竹さんは、常にお客さまのことを意識されている稀有な俳優。その日その空間に、どのようなお客さまがいて、どういう状況を自分に与えてくださるか、ということを誰よりもわかっていらして、その日の劇場の呼吸を吸収して役に取り込んでいる方です。だから私たちや観客はその特別な環境を体感したいし、大竹しのぶさんに会いたくなるし、虜になり続けるのだと。
藤田
大竹さんによって息を吹き返した作品は沢山あるのですが、ヴィクトリアもその1人です。特にヴィクトリアという役は、一見女性の狂気を描いているように思われますが、一方で女性の可愛らしさ、愛らしい側面も持ち合わせていて。大竹さんはそれを同時に表現することができる人。多面的な人間を映画では表現できたとしても、演劇で瞬時に出すことは難しいものです。
20代の頃の僕にもフラットに接してくれていた。
藤田
大竹さんとは、僕が蜷川幸雄さんの演出助手をしていた20代の頃に出会っています。当時から大竹さんは全ての人に対してフラットで、自分に厳しく、クリエイティブでいて、チャーミング。当時キャリアの浅い20代の演出助手の僕に対しても、同じ目線に立って「どう思う?」と意見を求めてくださいました。そんな大竹さんに、僕たちスタッフも全員魅了されます。大竹さんのためなら何でもしたいと!大竹さんと作品を創るのが本当に楽しいし、僕たちが見たことのない景色に連れていってくれるんです。

演劇の魅力にとことん向き合った

── 大竹さんとマンツーマンでお稽古をされていましたが、どんなことを大切にしてお稽古をされていましたか?
藤田
いかに言葉に向き合い、どれだけ余計なものを削ぎ落としてシンプルにするか。そして演劇の魅力にとことん向き合う稽古となりました。本作はお客さまの想像力に委ねる作品です。ヴィクトリアの言葉がどれだけお客さまの想像力を引き起こすか……。劇中の音楽も少なく、シーンチェンジもほとんどありません。稽古中は、しのぶさんからのアイディアはもちろんのこと、カンパニースタッフの皆さんからのアイディアも沢山出て、刺激的な共同作業となりました。座組の一体感も素晴らしかったです。
── 藤田さん自身、ベルイマンの影響を受けておられるのでしょうか。
藤田
僕は映画がとても好きなんですが、中でもベルイマン、フェリーニ、黒澤明の3人の監督たちは特別な存在です。特にベルイマンの作品は10代の頃から沢山見てきたので、自分の細胞の中に彼の映画が染み込んでいます。ベルイマン監督は、美しい構図の中に人間そのものの姿を描いている。映画人でもあり、演劇人でもあり、僕が目指す理想形でもある。そんな時に今回『ヴィクトリア』のお話をいただき、是非やりたいと。ずっと憧れ続けた監督の戯曲に挑戦する日が来るなんて思ってもいませんでした。
── そして、ヴィクトリアを演じるのは大竹しのぶさんしかいないと。
 
藤田
はい。ヴィクトリアを演じられるのは世界中のどこを探しても、大竹しのぶさんしかいないと思います。舞台をご覧になれば誰もが納得するのではないでしょうか。この作品を大竹さん以外の誰かで見たいとは思えないくらいに、圧倒的な芝居です。

ヴィクトリアは20世紀の走馬灯

藤田
原文を読んで、この作品はベルイマンのキャリアの中間に作られたものだと思いました。この作品には、ベルイマンの価値観の遍歴、女性の美しさの変化、神との向き合い方、そして自身の生まれに対するコンプレックスなどが描かれています。世界史からみてもこの時代は、神や絶対的な存在が揺らぎ、“個人はどう生きるのか?”という価値観が生まれ、混沌や混迷がありました。ヴィクトリアの生き様は、まさに20世紀の走馬灯であり、女性の個人史でもあるのです。

全ての表現を超越するラストシーンは必見!!

藤田
『ヴィクトリア』は人間讃歌であり女性讃歌でもあります。私たちが創ったラストシーンは、今描くべき“女性の全て”が入っています。そして演劇や映画といった全ての表現を超越するラストシーンとなっています。少しでも表現や演劇映画に興味がある方、映像作品を見ること、物作りが好きな人など、是非見て、体感してもらいたいです。そして大竹しのぶさんの飽くなき挑戦と求心力によって、この作品は常に変化し、喜びに溢れた成長を遂げています。兵庫、京都、豊橋(穂の国 とよはし芸術劇場 PLAT主ホール 7月11日(火))と、それぞれ上演されますが、劇場が変わった際はきっと大竹さんは違った表情、お芝居をして、また違った作品になります。是非、足を運んでいただきたいですし、この奇跡を見逃さないでほしいです。
取材・文・撮影/ごとうまき