【インタビュー】香港映画界の新星マルコ・ンが語る『私たちの話し方』――「聞く」ことから始まった、僕とアランの物語。

インタビュー

初めての演技で、映画初主演に挑んだマルコ・ン(呉祉昊)さん。2025年上半期の香港映画興行収入No.1に輝き、第43回香港電影金像奨(香港アカデミー賞)で7部門にノミネートされた話題作『私たちの話し方』に出演。演技未経験ながら、難聴という当事者としての葛藤と、若者らしい瑞々しさを等身大で演じきり、同賞の新人俳優賞にもノミネートされました。日本での劇場公開を前に、作品の背景や撮影の舞台裏、そして香港のろう教育が抱える課題について、熱く語っていただきました。

香港の若者が「自分たちの物語」として熱狂した理由

──本作は香港で空前のヒットを記録し、特に若者層から絶大な支持を得ました。この現象をマルコさんはどう分析されていますか。

マルコ
  今の香港映画のトレンドが変わってきているのを感じます。かつての香港映画といえば、警察とマフィアが戦うアクションや、大スターが活躍する派手なエンターテインメントが主流でした。でも今は、社会問題やアート、そして私たちの身近にある「等身大の悩み」を描く作品が増えています。若者たちは、スクリーンの中に自分たちの現実を見出しているんだと思います。

──SNSでの反響もすごかったようですね。

マルコ
 ええ。公開から1ヶ月ほど経った頃から、ソーシャルメディアを通じて口コミで爆発的に広がりました。みんなが「この映画は良い」と発信し始めたんです。特に若い世代が、自分たちのアイデンティティを模索する物語として受け止めてくれたことが、ロングランヒットに繋がった最大の理由だと思います。

演技未経験からの挑戦

──劇中でのマルコさんの存在感は素晴らしかったです。演技未経験での大抜擢とのことですが、アダム・ウォン監督と出会い、撮影に入るまでの心境はいかがでしたか。

マルコ
 出演が決まった時は、とにかく驚きました。もちろん嬉しかったのですが、それ以上に「恐怖」が大きかった。映画の撮影には莫大なコストがかかります。現場では一分一秒がお金であり、みんなが急いで動いている。そんなプロの現場で、未経験の自分がミスをして撮影を滞らせてしまったらどうしよう……と、震えるほど怖かったんです。

──実際に現場に入ってみて、その不安は解消されましたか。

マルコ
 以前から「映画監督は厳しくて、失敗すると怒鳴られる」という噂を耳にしていたのですが、実際は全く違いました。アダム監督はとても優しく、私の声に耳を傾けてくれました。もしかしたら、その厳しいイメージは古い時代のアクション映画の現場のものだったのかもしれませんね。実体験としてそんなことは一度も起こりませんでしたし、スタッフ全員に見守られ、感謝の気持ちでいっぱいでした。

──役作りはどのように進められたのでしょうか。

マルコ
 撮影前に3ヶ月かけてじっくり準備しました。でも、現場に行くと準備通りにはいかないことばかりで(笑)。「あ、ここではこういうエネルギーが必要なんだ」と、その都度適応していくプロセスは大変でしたが、同時に他のアーティストと一緒に作品を作り上げる喜びを教えてもらいました。

難聴の当事者として向き合った「聞く」ということ

──マルコさんが演じたアランは、口話と手話を使い分ける広告クリエイターです。中等度難聴であるマルコさんにとって、アランとの共通点や苦労した点はありましたか。

マルコ
 監督が半年間の演技のワークショップの費用を負担してくださり、そこでゼロから演技を学びました。一番大切だと教わったのは「相手の話を聞く」ことでした。私は難聴があり、物理的に全てを聞き取れるわけではありません。でも、演技の核は、相手の言葉や熱量を受け取って、それを自分の中で消化してから反応(レスポンス)することなんです。当事者だからこそ、あえて「聞く」という行為に誰よりも集中して向き合いました。

── 劇中の手話の表現についても、かなりこだわったと伺いました。

マルコ
 私自身は手話を使えますが、私が普段使っているスタイルと、アランのスタイルは全然違いました。アランは劇中で、生まれつきのろう者であるジーソン(ネオ・ヤウ)から手話を学んだという設定です。そのため、ジーソンの成熟した手話スタイルを数ヶ月かけて練習し、自分のものにしていきました。一度、駐車場での撮影が深夜まで及び、疲れ果ててエネルギーが切れてしまったことがありました。その時だけは手が動かず、何度も撮り直しになってしまったのは苦い思い出です。

共演者たちの執念に圧倒された

──ジーソン役のネオ・ヤウさんは聴者ですが、1年間の特訓で手話を習得されたそうですね。彼の姿はどう映りましたか。

マルコ
 彼の努力は、信じられないレベルでした。香港のろう者たちが、彼のことを「本当のろう者だ」と勘違いしたほどです。ある日、手話指導の先生と一緒に彼の自宅を訪ねたことがありました。ネオさんは寝ていたのですが、ベッドから飛び起きた瞬間に、そのまま手話で話し始めたんです。24時間ジーソンとして生きている彼の執念を見て、ものすごい刺激を受けました。

香港の教育と「不公平」

──劇中では、2010年まで香港のろう学校で手話が禁止されていた歴史背景が描かれます。この点について、当事者としてどう思われますか。

マルコ
 それは、明らかに不公平なことだと思います。政府がろうコミュニティのニーズを十分に理解していなかったことは、大きな問題です。音声だけではどうしても情報を取りこぼしてしまうことがありますが、視覚的なコミュニケーションである手話があれば、私たちは全ての情報を100%受け取ることができます。情報を完全に受け取れないということは、教育を十分に受けられないということであり、それは将来の仕事や収入、社会的地位を奪うことに直結します。

──教育の機会均等が、社会を変える鍵だと。

マルコ
 その通りです。ろう者や難聴者の中にも、天才的でIQの高い、聡明な人たちがたくさんいます。もし平等な教育環境があれば、彼らはドクターにも、ロイヤー(弁護士)にも、エンジニアにもなれる。彼らがその能力を存分に発揮できれば、社会や世界全体に大きく貢献できるはずです。政府は「ただ労働力を提供する」という考えではなく、教育という根本から、私たちが他の人と同じ情報を得られるように保障すべきです。

【インタビュー後記】

「初めての映画の現場は、怖くて仕方がなかった」と照れくさそうに笑うマルコ・ン氏の瞳には、嘘のない誠実さが宿っていた。しかし、話題が香港のろう教育や「教育の機会の平等」に及ぶと、その表情は一変し、一人の表現者として、そして当事者としての強い意志が言葉に宿るのを感じた。 

印象的だったのは、彼が語った「聞くことの重要性」だ。音が完全に聞こえるかどうかではなく、相手の心を受け取り、咀嚼し、自分の言葉(あるいは手話)で返す。それは、コミュニケーションの本質が技術ではなく“向き合う姿勢”にあることを改めて教えてくれるものだった。  

『私たちの話し方』3月27日(金)より、新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

インタビュー・文:ごとうまき