【インタビュー】“業”を笑いに変えて生きる。快楽亭ブラックと監督・榎園喬介が語る『落語家の業』

インタビュー

落語界の異端児、二代目・快楽亭ブラック。立川談志の弟子であり、その過激な芸風と破滅的な私生活から「最後の芸人らしい芸人」と称される彼を、6年半にわたって追い続けたドキュメンタリー映画『落語家の業』が公開中だ。
差別、借金、離婚、そして身内からの提訴。波乱万丈という言葉では片付けられない彼の半生は、なぜこれほどまでに観る者の心を揺さぶるのか。主演の快楽亭ブラック師匠と、本作で監督を務めた榎園喬介氏にお話を聞きました。

被写体への「愛」が映画を面白くする

―― 本作を拝見し、師匠の生きざまに触れてコミカルで淡々としているのに、私は思わず涙がこぼれてしまいました。師匠ご自身は、完成した作品をご覧になってどのような感想を持たれましたか?

ブラック
僕はね、一人の映画ファンとしてドキュメンタリーも数多く観てきました。ドキュメンタリー映画の良し悪しっていうのは、結局「監督が素材(被写体)に惚れているかどうか」で決まるんですよ。原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』は、監督が奥崎謙三に惚れ抜いていたから凄まじい熱量があった。逆に、最近の作品でも監督が被写体を愛していないのが透けて見えると、観ていて辛くなる。今回、榎園監督の映画を観て一番に感じたのは、僕への「愛」がしっかり伝わってきたこと。だから映画ファンとして、純粋に面白かったですね。

榎園
そう言っていただけると救われます。6年半、ずっとカメラを回し続けてきましたから。

―― 師匠の中で特に印象に残っているシーンはありますか?

ブラック
自分を客観的に見るのは照れくさいけど、弟子にいろいろ言われた時にね、「何マジになってんだよ。快楽亭ブラックの辞書に『マジ』なんて言葉はないんだよ」って言ってるシーン。あれを観て「わっ、俺カッコいいな、ブレてないな」って自画自賛しちゃいましたよ(笑)。

裁判すら「演出」に変えてしまう芸人の性

―― 撮影期間の6年半は、コロナ禍での配信開始や、それに伴うお弟子さんからの提訴など、まさに激動でした。榎園監督、振り返ってみていかがですか?

榎園
本当に波乱万丈でした。映画を撮っていて、まさか自分まで「共犯者」として訴えられるなんて想像もしていませんでしたから。「映画を撮ることが罪になるのか」という葛藤もありましたが、撮りたいという欲求の方が強かったですね。

ブラック
裁判所に通う道中も、僕らはチンドン屋を雇って練り歩いたんだよね。地裁の前にはマスコミが山ほどいて、「俺たちも有名になったな!」なんて喜んでたら、実は同じ日に法務大臣(河井案里氏)の公判があっただけだった(笑)。

榎園
師匠を裁判所まで見送る時、僕も被告の一人なのに「あんたも被告なんだから行きなさいよ!」なんて言われながら撮影して。実は、法廷内での師匠の様子もスケッチして映画に使っているんです。弁護士に確認したら「ルール違反だけど違法ではない」と言うので(笑)。あのポジションにいたからこそ撮れた、ある種の見せ場ですね。

ブラック
向こうは「怒り」のボールを裁判という形で投げてきた。僕はそれを全部受け止めて、「笑い」にして投げ返したかった。相手が呆れて諦めてくれるのが理想だったんだけど、最後まで取り下げなかったのは、僕の笑いがまだ相手に届かなかったからでしょう。憎んでいる相手すら笑わせられなきゃ、落語家としてまだ未熟だなって思いましたよ。

映画の神様に愛された「奇跡」の瞬間

―― 劇中、競馬で負け続けていた師匠が、最後に大きな勝負に勝つシーン。劇場内では拍手が沸き起こっていました。

ブラック
あれはプライベートな部分なんだけど、ああいうところで取り返せるのは、やっぱり芸人の“業”というか。監督は舞台挨拶で「師匠は映画の神様に愛されている」と言ってくれたけど、僕もそう思います。僕は子どもの頃から差別や孤独から逃れるために、映画館の暗闇に救われてきた。こちらが映画を愛し続けていれば、映画からも愛される。それは当然の帰結なんですよ。

―― 師匠にとって、映画と落語はどのような存在なのでしょうか。

ブラック
僕の人生そのものが、死ぬ時に「壮大な新作落語」として笑って送ってもらえるようなものでありたい。だから、まだ振り返る時期じゃないですね。落語人生の序みたいなものですから。
最近では、昔は馬鹿にしていた「人情噺」もやるようになりました。『柳田格之進』なんかも、現代の価値観で見れば「おかしいだろ」と思う部分がある。それを自分なりに再構成して、疑問を笑いや納得に変えていく。力量が上がってきたからこそ、落語の比重が人生の中でどんどん高くなっています。

「配信」では味わえない、映画館という体験

―― 最後に、これから映画を観る方へメッセージをお願いします。

榎園
この作品は、今のところDVD化も配信も予定していません。それは、師匠と同じく「映画館」という場所にこだわりたいからです。見ず知らずの他人が同じ空間に集まり、スクリーンの中の勝負に一喜一憂し、一緒に笑う。あのライブ感は、サブスクでは絶対に味わえません。

ブラック
映画館の暗闇は、現実の嫌なことを忘れさせてくれる場所。僕がそうだったように、この映画を観る2時間、日常の「業」を忘れて、僕の「業」を笑い飛ばしてほしいですね。

【インタビュー後記】
取材の最後、写真撮影に応じるブラック師匠の佇まいは、どこか寂しげで、それでいて圧倒的に粋だった。自身の不幸すらも「ネタ」という名の供物に変え、高座に捧げ続ける。その姿こそが、私たちが現代で失いかけている「芸人の矜持」なのだと感じさせた。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき