本作は人によって好みが分かれる作品である。120分と長編作品でありながらエンタメ要素はまるでない。間のとりかた、映像から読み取る情報と空気感、圧倒的な映像美は言うまでもないが、とりわけ詩的で文学的な要素が強い。風や雨音、虫の鳴き声、ピアノの音色に耳を澄ませながら、深い余韻を味わえる作品となっている。
葉山の海を望む高台の一軒家が舞台に。海、山、空、雨、風、花、木々、生き物の四季を通しての表情、情景が映し出される。
普段気にも留めなかった空の美しさや花の名前、雨音…作品の中でまるで時が止まったかのような感覚に陥る。生きとし生けるもの、やがて朽ちていく命を繊細かつ情緒的に描いている。
あらすじ
舞台は葉山、海の見える高台の一軒家。かつて愛する夫と、子供たちを育てた家に、今は孫娘の渚と住む絹子。夫の周忌を終えたばかりの春の朝に庭の金魚が死に、椿の花でその体を包み込み土に還した。
生きとし生けるもの全てがやがて朽ちる時が来る。家や庭の些細な変化や、過去の記憶に想いを馳せる日々の中、ある日絹子へ一本の電話がかかってくる――。
写真家 上田義彦の渾身のデビュー作
サントリー、資生堂、TOYOTAなど数多くの広告写真を手掛け、国内外で高い評価を得ている写真家 上田義彦が、構想から15年の歳月をかけて作り上げた『椿の庭』は自身の映画監督デビュー作となる。上田監督の幼い頃の思い出や、時代の移り変わりの節々で感じた感情や風景を思い出しては書き留め続け、そこから脚本を書き、映画本編の撮影も自身で行ったという。
富司純子×シム・ウンギョン×鈴木京香
異なる世代の3人の女性が紡ぐ日本の“美”と命の儚さ。
w主演の富司純子とシム・ウンギョン
絹子に富司純子、孫の渚に「新聞記者」のシム・ウンギョンが演じる。絹子の次女の陶子に鈴木京香、田辺誠一や台湾俳優のチャン・チェンなどが顔を揃える。
やがて朽ちていく命を愛でる
日本の伝統的な家屋にクラシカルな家具、レコード、引戸、陶器の洗面台、庭、椿、金魚、着物、急須…
随所に“日本の美”が散りばめまれている。
なんといっても着物姿の富司純子の凛とした佇まい。鈴木京香の見目麗しい姿に、瑞々しいシム・ウンギョン。世代の異なる美しい3人の女性の三重奏も見どころの一つである。
“日本の美”を惜しみなく描いた本作、是非海外の人の感想を聞いてみたい。お気に入りの物、思い出のもの、上質な物に囲まれての暮らしには憧れる。
近年SNSなどで目にする“#丁寧な暮らし”の本質が本作にはある。“#丁寧な暮らし”を発信するインスタグラマー達はどう感じるだろうか。
それにしても本作の舞台の家が筆者のドストライクの好みの家、インテリアである。葉山は多くの人が一度でいいから住んでみたいと願う土地。撮影は実際に葉山にある家で行われたそうだ。コロナ禍で人々のライフスタイルが変化している中で、”自然に回帰する”という意味ではぴったりの作品ではないだろうか。
椿の庭