【湯原昌幸インタビュー】時代を超えて響く「雨のバラード」と、180度裏切りの新境地

インタビュー

昭和39年、GSブームを牽引した名門「スウィング・ウエスト」でのデビューから62年。ソロ歌手、司会者、俳優と、マルチタレントの先駆者として走り続けてきた湯原昌幸さんが、徳間ジャパン移籍第1弾シングル『どうかしてるね』をリリースした。

代表曲『雨のバラード』の新録も収録された今作。御年79歳を迎えようとする今もなお、艶のある歌声とサービス精神を失わない湯原さんに、新曲への想い、そして激動の芸能生活で培った“人生の極意”について語っていただきました。

7社目の移籍。リリースできることは「奇跡の積み重ね」

――今回は徳間ジャパンへの移籍第1弾、おめでとうございます。「心機一転」とおっしゃっていましたが、今のお気持ちはいかがですか?

湯原
ありがとうございます。レコード会社もこれで7社目かな。これまで色々な場所でお世話になってきましたが、極論を言えば、どこであってもいいんです。この年齢になっても、「新曲をリリースしましょう」という話が実現すること自体が、僕にとっては非常に貴重でありがたいことですから。

――今作には、あの大ヒット曲『雨のバラード』のニューバージョンも収録されています。

湯原
ディレクターから「初心に戻って、もう一度やり直してみませんか」というアイディアをいただいたんです。それが本当の意味での“心機一転”につながりました。アレンジはあえて当時の原型をそのまま再現して、キーだけを少し上げて挑戦しました。

――改めて、湯原さんにとって『雨のバラード』とはどんな存在ですか?

湯原
もともとはバンド時代のB面(カップリング)だったんですよ。ソロになった時も、最初はB面。不思議なもので、いつも裏側から始まって、結局は表舞台(A面)に躍り出るという「底力」を持った楽曲なんです。バンド時代も僕はハーモニー担当で、別のメンバーのための歌だったのに、解散後にラジオから火がついた。まさに「何度でも復活する曲」ですね。

――数えきれないほど歌われてきたと思いますが、今回の新録で意識されたことは?

湯原
長く歌っていると、どうしても「こなれて」しまうというか、自分流の歌い方になっていくんですね。でも今回は「昭和46年、24歳の時の初心に戻ってください」と言われました。インテンポで、ピッチもきっちり。基本に忠実な歌を目指したんです。どれだけ戻れたかは自分では分かりませんが、とても新鮮な気持ちで歌えました。

クラシックに通ずる「歌謡曲のDNA」

――『雨のバラード』は、今の若い世代が聴いても「素敵な曲」と反応する名曲ですよね。

湯原
この曲には、日本の歌謡曲の枠を少し超えた世界があるんだと思います。イントロのフレーズも、実はチェンバロで弾くようなクラシックの旋律がベースになっているんです。基本にクラシックがある音楽は、洋楽だろうが歌謡曲だろうが、時代を超越していくんですね。骨組みがしっかりしているからこそ、今聴いても古くならないんでしょう。

――表題曲の『どうかしてるね』は、一転してラテン調の明るい楽曲です。

湯原
作詞の及川眠子先生、作曲の弦哲也先生という素晴らしいコンビに書いていただきました。最初の打ち合わせで、及川先生が「今回のテーマは『裏切り』です」とおっしゃったんですよ。

――裏切り、ですか?

湯原
そうなんです。僕には「(妻の)荒木由美子とおしどり夫婦」という世間のイメージがあるじゃないですか。及川先生は「仲が良いのをそのままなぞっても面白くない」と。あえて切り口を180度変えて、不実な恋や心の揺れを描かれました。このギャップが逆に面白いと思ったんですよね。

――レコーディングの雰囲気はいかがでしたか?

湯原
非常にスムーズでしたよ。3曲ササッと録り終えました(笑)。一度気持ちをクリアにしていたから、すごく気持ちよかったです。僕の好きなラテンのアレンジで、メロディはキャッチーな歌謡曲。そこに「裏切り」の詩が乗る。面白い要素がぎっしり詰まったレコーディングでした。

――カップリングの『南十字星』も印象的なワルツですね。

湯原
これは僕が作曲したのですが、ワルツ(三拍子)は日本人の感性に合っていると思うんです。別世界を表現したかった。間奏でガラッと雰囲気を変えるアレンジをお願いして、女性の心の切り替えを音にしてみました。

芸歴60年を支える「60分の体操」と「サービス精神」

――湯原さんは今も声に張りがあり、非常によく通ります。何か秘訣はあるのでしょうか。

湯原
ボイトレは欠かしませんし、毎日60分の体操を続けています。首筋や脇、リンパの流れを促進するのが基本です。30代の頃、周りの仲間が次々と体調を崩すのを見て、「自分の体は自分で守るしかない」と痛感したのがきっかけですね。

――健康維持が、現役を続ける原動力なのですね。

湯原
そうですね。でも一番の源は、やっぱり「ライブが好き」だということ。お客さんの前に立つと力が湧いてくるんです。一言で言えば「サービス精神」でしょうか。それが僕を動かしているんだと思います。

――長い芸能生活の中で、支えになった言葉や出来事はありますか?

湯原
特別なものはないけれど、「支えは自分の中にしかない」と思っています。歌から始まって、司会、コメディ、お芝居と仕事が広がったのは、すべてニーズに応えようとした結果。自分が楽しむことで、周りも楽しくなる。そのサイクルが大切なんです。

「ファンはハシカのようなもの」――湯原流の人間観

――これまでのファンとの交流で、忘れられないエピソードはありますか?

湯原
これは誤解を恐れずに言えばですが、僕はファンという存在をある種ドライに見ているところがあるんです。ファンっていうのは「熱病」や「ハシカ」のようなもの。一瞬熱が出てフィーバーするけれど、いつかは冷める。それはグループ・サウンズ時代に身をもって経験したことですから。

――非常に率直な意見ですね。

湯原
もちろん、CDを買ってくださったり応援してくださったりするのは本当にありがたいことです。でも、そこに甘えてはいけないと思うんです。自分が一人で歯車を回し続け、そこで起きた「風」が誰かに届く。主役はあくまで自分自身の回転。時代の風と楽曲の力が合致した時にヒットが生まれて、ファンの気持ちは、その後からついてくるものなんですよ。

「元気があれば、何でもできる」――これからの挑戦

――趣味でお寿司を握られるというお話も伺いました。本格的ですね!

湯原
あれもサービス精神の一環ですよ。対面商売で、お客さんを喜ばせる。ライブと一緒ですね(笑)。友達が集まった時に冗談で始めたら、のれんやエプロンまで作ってくれて。いつか本当にお店を出せたら面白いですね。

――これからの活動で、新しく挑戦したいことはありますか?

湯原
「歌手は歌だけ歌っていればいい」という時代もあったけれど、僕は「できないより、できた方がいい」と思って何でもやってきた。それが60年生き残ってこれた理由だと思う。だから、これからもオファーがあれば何でもやりますよ!

――最後に、同世代のファンや、若い世代へメッセージをお願いします。

湯原
今の時代、AIが曲を作ったりSNSが主流だったりと様変わりしましたが、人間のDNAに刻まれた「歌謡曲の血」は変わらないと思っています。若い人が僕の曲を聴いて「面白い世界観だな」と感じてくれれば、それでいい。79歳を前にして思うのは、「元気があれば、何でもできる」ということです。若い頃は無茶もしましたが、今は体力を温存して、すべてを歌に向ける。これからも“どうかしてるね”と言われるくらい、元気に歌い続けていきたいですね。

【編集後記】

取材中、湯原さんの声は終始明るく、淀みなく言葉が溢れ出していました。時に冷徹なほど客観的な芸能観を語りつつ、その根底には「目の前の人を喜ばせたい」という純粋なサービス精神が流れています。移籍第1弾シングル『どうかしてるね』は、そんな彼の現在地を知る最高の一枚になるはずです。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき