【日本初上陸モロッコ映画】イスラム社会での女性の生きざまを描く『モロッコ、彼女たちの朝』

(C)Ali n' Productions - Les Films du Nouveau Monde - Artemis Productions
映画

夫と死別したシングルマザーと未婚の妊婦の邂逅、二人の女性の逞しい生き様に心が揺さぶられる。

珍しいモロッコ発の映画、日本ではモロッコ映画そのものが上映されるのが初で記念すべき作品でもある。本作はイスラム社会であるモロッコにおいては“禁忌”とされる未婚の妊婦を主役としたそれにまつわる社会問題を描いている。なので本作を観る前にある程度イスラム社会について理解しておくとより楽しめる。

物語が始まるや否や、9ヶ月、また臨月ほどになるだろうか、大きなお腹を抱えた若い妊婦が職と家を求めて街を彷徨う場面が映し出される。彼女の名はサミア、大きな荷物を片手に路上で寝泊まりしている。彼女に手を差し伸べる者は誰もいない。

それもそのはず、モロッコでは婚外交渉と中絶が違法とされ、つまりは未婚の妊婦は「逮捕されていないだけの犯罪者」とされ、病院で出産しようものなら警察が飛んできて逮捕されてしまうのだ。さらに故郷に戻っても疎まれそこに居場所はない。産まれた子どもは“罪の子”として周囲から虐げられ、社会保障などあらゆる権利を与えられずに、確実に厳しい人生を強いられることになるのだ。

すなわちサミアから生まれた子供は施設、または養子に出すといった選択肢しか与えられない、つまりモロッコでは“未婚の女性”という選択肢さえ与えられないのだ。今じゃフランスや北欧をはじめとした国では50%以上が未婚の母として問題なく生活でき、日本でも年々増えていると言うのに、だ。宗教、国によってこんなにも大きく変わることにも驚く。

(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions

大きなお腹を抱えて街をさまようサミアに手を差し伸べたのが、夫と死別したシングルマザーでパン屋を営むアブラである。当初はサミアを強く突き放したものの、根っこにある彼女の優しさからサミアを家に招き入れる。娘のワンダもすぐにサミアに懐き、サミアはパン屋を手伝うようになる。

(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions

“女性性”と“母性”を取り戻す

一方でサミアの存在によってアブラも生まれ変わった。夫の死により、生活することで精一杯ともとれるような険しく厳しい表情のアブラ。かつて夫とよく聴いた大好きな曲を聞くことさえも拒み、愛する娘への愛情表現さえもおなざりになっていた。しかしサミアとの出会いによって固く締め付けられたアブラの心の鎖が解かれていくーー。

物語が進むに連れて柔和な表情になっていく二人、アブラが化粧をしたり、鏡を前に自分の身体に向き合ったり、また愛娘に対しての接し方も明らかに変わり、何よりアブラに笑顔が見られるようになっている。“女”そして“母”としても解放されたのだ。特にアブラがアイラインを引く姿が印象的だ。

(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions

聖母マリア像を彷彿させるような慈愛に満ちた母子の姿に涙する

美しく哀しくもある後半のシーンでは生まれたアダムを抱きしめながら涙するサミアの姿に胸が張り裂けそうになった。

筆者は自身が出産し我が子を胸に抱き、授乳した瞬間のあのなんとも言えない愛おしい幸福に満ちた気持ちを思い出した。我が子の小さな手足を一本一本数えて優しくキスをするシーンが胸にグッとくる。世界のママが我が子に同じことをしてるんだって、ね。小さな小さな我が子を胸に抱いた瞬間の筆舌に尽くしがたい喜びと深い感動を味わった直後に、我が子との別れがあるのかと思うと…それはもう想像を絶するほどの痛烈な痛みと苦しみだろう。また本作が監督自身の母が未婚の女性を世話していたといった実話を基に製作されたというからよりリアリティがある。

また本作、青×黄色などといった美しい色使いが印象的だが、フェルメールの絵画からインスピレーションを得て製作されたと言う。

(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions

(C)Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artemis Productions

夫の死に向き合う権利さえも与えられないというモロッコの現状、“女性の権利”がほぼ無いに等しいイスラム社会が浮き彫りになる本作を観て、日本のフェミニストたちはどう思うのだろうか。「女性の権利がー!!!」という主張さえも許されないモロッコで、不条理にも負けずに強くしなやかに生きる女性の姿に深く考えさせられる。

それにしても今年の8月は超大作が勢ぞろい、その中でも本作はミニシアター系の作品とはいえ、美しく凛と咲き誇る一輪の花のように一際輝いている。良作だ。

モロッコ、彼女たちの朝

監督:マリヤム・トゥザニ
キャスト:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディ
制作:ナビル・アユチ
脚本:マリヤム・トゥザニ
製作:2019年製作/101分/G/モロッコ・フランス・ベルギー合作
配給:ロングライド
原題:Adam

文/ごとうまき