【インタビュー】DeNeel、4th Mini Album『BRAIN WASH』がもたらす“脳内洗脳”と、深化する4人の現在地

アーティスト

2026年1月28日、DeNeel(デニール)が放つ最新作『BRAIN WASH』がリリースされた。本作は、彼らの武器である中毒性と毒気を研ぎ澄ませつつ、より広い層へ届くポピュラリティを追求した意欲作だ。今回は、ツアー大阪公演(心斎橋ANIMA)を終えた翌日、地元・大阪の地で中野エイト(Vo/作詞)と日野ユウキ(Dr)にお話を聞きました。ライブの興奮冷めやらぬ中で語られた、結成の真実、制作の苦悩、そして共に歩むメンバーへの想い。今の彼らを形作るすべての要素が、この対話に凝縮されている。

「組織が大きくなっている」

――東名阪ワンマンツアーの大阪公演、お疲れ様でした! 地元でのライブを終えて一夜明け、今どのような心境ですか?

中野
ステージに立って強く感じたのは、自分たちだけでライブを作っているんじゃなくて、お客さんも一緒になって作ってくれているな、という感覚でした。「DeNeel」という組織がどんどん大きくなっていることを直接肌で感じられた。地元でそれを実感できたのは、本当に感慨深かったです。

日野
ワンマンの回数自体はまだ多くはないんですけど、大阪公演のセットリストはメンバー全員でかなり練り上げたものでした。「ワンマンライブ」という形が自分たちらしく育ってきている手応えがあって。昨日は本当にいい心境で終われましたし、充実感があります。

――夏には東京、大阪での対バンツアーも予定されていますね。

中野
 はい。昨日の熱量をそのままに、どんどん加速していきたいなと考えています。

数奇な運命の糸

――ここで改めてバンドの成り立ちについて伺います。もともとは中野さんと龍野(Ba)さんが同じ中学校の先輩・後輩だったんですよね。

中野
そうです。僕が最初に始めたバンドから龍野とは一緒で。その後、龍野が専門学校で浦野(Gt)と別のバンドを組んでいたんです。お互いのバンドが休止や解散のタイミングになったとき、「仲いいし、一緒にやろうや」と浦野を誘って。で、ドラムを誰にしようかと相談して紹介されたのが日野でした。

日野
僕は当時、別のバンドを脱退したばかりで「もうバンドはやめようかな」くらいのテンションだったんです。でも「一回スタジオ入ろう」って誘われて。入ってみたら「……あ、楽しいな」って。

中野
楽しそうにしてたもんな(笑)。それで「OK」をもらって、この4人が揃いました。

――当時のお互いの印象はどうでしたか?

中野
日野は最初、めちゃくちゃよそよそしかった(笑)。

日野
他の2人は専門学校の同期でしたけど、エイトは初対面だし一つ上の先輩ですからね。最初は「エイトくん」と呼んでいました。

中野
いつの間にか「くん」が外れて、今はもう遠慮なし。僕にとって日野は、DeNeelという音楽の骨組みをしっかり支えてくれる「骨」のような存在です。

日野
僕から見たエイトは、昔から変わらずバンドを牽引してくれるリーダー。みんなが嫌がるような泥臭い仕事も引き受けてくれる。人間的には……まあ、だらしない一面もありますけど(笑)、頼りになる存在です。

野球部から軽音、そして「体験型」の作詞道へ

――お二人の音楽的ルーツについても教えてください。中野さんは元々プロ野球選手を目指していたとか。

中野
姉がピアノをやっていて、僕はスポーツ。そういう家庭環境で野球とサッカーをずっとやっていました。中学の後輩として龍野が入ってきたりして。でも、肩を壊してしまって高校受験のときに「野球部のない高校」を受けたら見事に合格。そこで、姉への憧れもあって軽音楽部に入ったのが始まりです。最初はベースを弾きながら曲を書いていました。

――そこからボーカルへ。作詞はいつ頃から?

中野
 小5くらいから小説を書いていたんです。当時野球が嫌になりかけていた反動で(笑)。本格的に「歌詞」を書きたいと思ったのはスガ シカオさんの「夏陰」という曲を聴いたとき。僕は体験型なので、会社員の気持ちを知るために新卒で2年ほどシステム営業の仕事もしました。

――営業職を経験されたんですね!

中野
やって良かったです。国民的な歌を書いていく上で、みんなが経験していることを僕が知らないのはおかしいなと思って。想像で組み立てるんじゃなく、実写の体験に基づいた言葉を、本や映画から得た語彙で肉付けしていくのが僕のスタイルです。

日野
僕は高校の時、最初はバスケ部の体験に行ったんですけど、初日に12キロ走らされて「これは無理だ」と(笑)。隣の席のやつに誘われて軽音楽部に入りました。もともと音楽の授業で大太鼓やコンガを叩くのが大好きだったんですよ。ドラムをやるのは、僕にとって自然な流れでしたね。

最新作『BRAIN WASH』が描く「毒」と「大衆性」

――最新ミニアルバム『BRAIN WASH』について。テーマに「怪しさ」「毒気」「都市の狂気」を掲げていますが、制作で特に苦労した楽曲はありますか?

中野
「クレイジーレイジー」ですね。浦野と一番話し合いました。サビが何度もリライトになって。よりポップに昇華させるために、現実世界というよりは少し非現実的なワードチョイスを意識しました。

日野
ドラムの視点だと「ゲシュタルト」ですね。浦野のイメージで「ドラムベース的な要素」を入れたいというリクエストがあって。自分なりにどう落とし込むか、やりがいがありました。

――中野さんの趣味であるタロット占いも制作に影響しているのでしょうか。

中野
実はかなり影響しています。タロットで黄色は「人生の好転」などの意味があるのですが、「カナリア」という曲は、僕の中で黄色のイメージなんです。自分の色彩イメージとタロットが合致して、表現の幅が広がりました。

――今回のツアーでも抜群のコンビネーションを見せている浦野さんと龍野さんについてもお聞きします。お二人から見て、彼らはどんな存在ですか?

中野
浦野に対しては、心から信頼している「最高のパートナー」です。彼が作る楽曲は素晴らしいです。その曲を超えるくらいの歌詞を書こう、もっとブラッシュアップしようという原動力になるんです。

日野
浦野は、僕が道を間違えそうになったときに「あかんもんはあかん」とはっきり言ってくれる存在ですね。僕の考えに対して、ちゃんと心を持って意見をくれる。ドラムのこともプライベートのことも、すごく相談しやすいし、彼の意見を聞いて「なるほどな」と気づかされることが多いです。

――龍野さんはいかがですか?

中野
龍野はもう、付き合いが長すぎて……。中学生の頃からなので15年くらいかな? いないことが想像できないくらい、いるのが当たり前。家も近所なので、よく二人でご飯にも行きます。一言で言えば「ファミリー」ですね。

日野
 龍野はバンド内で「場の空気を支配する人間」ですね。盛り上げキャラというか(笑)。重い話をした後でも、彼がいるとパッと場が明るくなる。昔一緒に住んでいた頃も、一緒に服を買いに行ったりして。何事にも本気で取り組む、本当に面白い人間です。

今後の展望

――日野さんは「蕎麦屋巡り」が趣味だとか。

日野
上京してからハマりました。家の近くにおいしい蕎麦屋さんがあって、あの和の空間と落ち着いた時間が休日には欠かせないんです。

――バンドとしての今後の目標を教えてください。

日野
 僕は、クラブクアトロに立つこと。King Gnuさんを観たのが梅田のクアトロで、自分にとってのバンド人生の大きな指標。あそこに立ちたいという思いはずっとあります。

中野
 僕も同じです。次はクアトロのステージに立ちたい。そして、この4人の絆を信じて、もっと大きな景色を見にいきたいですね。

【インタビュー後記】

ライブ翌日、心地よい疲労感の中での地元・大阪への愛着が滲むインタビューとなった。中野氏の「体験を言葉に変える」というストイックな姿勢と、日野氏の「リズムでバンドを支える」という職人気質な信頼関係。そして他のメンバー二人を語る際の、迷いのない言葉。4人の個性が絶妙なバランスで混ざり合うDeNeel。4th Mini Album『BRAIN WASH』という作品を経て、彼らが次にどのような“洗脳”を仕掛けてくるのか、期待せずにはいられない。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき