「聞いてしまった者の義務」――立川直樹監督が『原爆資料館 語り継ぐものたち』に込めた、次の50年へのバトン

映画

1955年の開館以来、累計8000万人以上が訪れた広島平和記念資料館(通称・原爆資料館)。2025年度は年間入館者数が250万人を突破し、世界的な注目が集まるこの「歴史の現場」の舞台裏を、50年以上に及ぶ膨大なアーカイブ映像から再構築したドキュメンタリー映画『原爆資料館 語り継ぐものたち』が完成した。音楽を手がけたのは、『ドライブ・マイ・カー』『悪は存在しない』で世界を魅了した石橋英子氏。単なる平和学習映画ではなく、なぜこれほど感情を静かに揺さぶる「一本の映画」として成立し得たのか。本作の監督・プロデューサーを務めた広島ホームテレビの立川直樹さんに、制作の舞台裏と映像表現へのこだわりについて聞いた。

 わずか1年半の疾走劇と、55年100時間のアーカイブに宿る「時間」

「企画書を書いたのは2024年8月。2025年11月の広島国際映画祭でのプレミア上映まで、制作期間は1年半もない。けれど、そこには55年の歴史と、のべ100時間以上の取材映像が横たわっていました」

―― 本作は驚くほど短い制作期間で作られたとお聞きしました。実際のプロセスはいかがでしたか。

立川
そうなんです。企画書を書き上げたのが2024年8月、広島国際映画祭2025で初上映されたのが2025年11月。映画の制作自体は1年ちょっとの短期決戦でした。しかし作品の背景にある時間の厚みはそれだけではありません。私自身は2009年から資料館を取材してきましたし、共同監督の斉藤(俊幸)は2023年のG7広島サミット以降、資料館を追い続けてきた。そして何より、私たちの放送局(広島ホームテレビ)には55年間撮りためた100時間超のアーカイブ映像がありました。この質量があったからこそ、短期間での映画化が可能になったんです。

―― 100時間超のテープを一から見直す作業は、想像を絶する大変さだったのでは。

立川
今回、私は全体の構成とプロデュースを担当し、アーカイブ映像の精査は主に20代の斉藤監督にお願いしました。2021年入社で、本当に若くエネルギーがある。彼は100時間以上の映像を早送りせず、一秒一秒すべて目を通し、貴重なシーンやテレビ未放送だった「人々の迷いや葛藤」を泥臭く掘り起こしてくれました。その執念が、本作の土台になっています。

被爆者であり、元館長・高橋昭博さんとの出会い――「聞いてしまった者の義務」

―― 立川監督が原爆や平和というテーマに深く踏み込む契機として、元館長・高橋昭博さんとの出会いがあったそうですね。

立川
私はもともと報道志望で入社したものの、原爆や平和関係の取材にはそこまで関心のない記者でした。その私の背骨を叩き直してくれたのが、7代目館長を務めた高橋昭博さんです。出会ったのは2009年、オバマ米大統領のプラハ演説を受けて、高橋さんを取材した時。彼は資料館の重鎮で、記者2年目の私は会うだけでビクビクしていました。小さな応接室で一対一で向かい合い、企画趣旨をたどたどしく説明していると、少し間が空き、高橋さんが自身の被爆体験を語り始めたんです。

「私は14歳の時に、校庭にいてね……」

事前に調べて知っていた内容でしたが、目の前で声を絞り出すように、今にも泣き出しそうな表情で語られるその迫力は凄まじいものでした。そして突然、本気で怒りながらこう言われました。

「なんで核兵器はなくならないんでしょうね。トップの人が決断すれば、なくせるでしょう」

初対面の、何もできないペーペーの若手記者に対して、これほど純粋に、全身全霊で怒り、伝えてくれた。その体験が、私の記者としてのスタンスを決定づけました。高橋さんは「体験してしまった者の義務」として証言を続けてこられた。ならば私は「聞いてしまった者の義務」として次の世代へ伝えなければならない。そう覚悟を決めました。高橋さんは出会いから2年ほどで亡くなられましたが、その後の奥様・史絵さんとの交流も含め、この15年間ずっと私の中にあり続けたテーマです。

G7サミットの「白く覆われた資料館」に抱いた違和感を映画の核へ

―― 本作で避けて通れないのが、2023年のG7広島サミットの描写です。各国首脳訪問時、資料館全体が白く覆われ、目隠しされた映像が印象的でした。

立川
 あの“白く覆われた資料館”は、地元・広島でずっとガラス張りの開かれた姿を見てきた私たちにとって、本当に不気味で異様な光景でした。サミット自体は世間的に「大成功」と報じられ、みんな「良かったね」という空気でしたが、私たちは強い違和感を抱いていました。展示の見せ方は外務省の調整でガラス窓が目張りされ、外務省だけなのか、各国調整なのかがはっきりしないため見学もごく一部に限定された。当時12代目館長だった志賀賢治さんは、取材に対してこう語っていました。

「展示を見ることによって考えの変化が起きるのであれば、それは資料館の役目からすれば望むべきことなのに、なぜ見てくれなかったのか」

この悔しさをベースに、斉藤がディレクター、私がプロデューサーとなって『テレメンタリー 原爆資料館 閉ざされた40分〜検証 G7 広島サミット〜』という検証番組を制作し、ギャラクシー賞月間賞や民放連盟賞優秀賞をいただきました。この番組で提示した「国家の思惑と、市民が守り抜いてきた資料館の矜持の対立」が映画全体の推進力になっています。

 被爆人形の撤去から「実物資料」へ。

―― 映画では、2019年のリニューアルで、修学旅行生などにトラウマを与えてきた「被爆再現人形」が撤去された経緯にも詳しく触れられていますね。

立川
人形の撤去については、当時ものすごい賛否両論がありました。「作り物であっても、あのビジュアルのインパクトこそが原爆の悲惨さを一目で伝える」とする存続派と、「あまりの怖さに子どもたちがトラウマになる」という意見。そして何より、資料館が最終的に下した「実物資料だけで伝える」という決断の背景が、映画では克明に描かれます。

原爆資料館の最大の特徴は、国のトップダウンで作られた施設ではなく、一人の市民であり無職の地質学者だった長岡省吾(初代館長)が、放射能の危険を顧みず市街地を歩き回り「物(がれき)」を集め始めたことに始まる点です。そこに遺族たちが「自分では語れないけれど、この子の代わりに無念さを伝えてほしい」と、血に染まった衣服や形見を泣きながら遺贈していった。

学芸員の方々は、遺品の横の説明板(キャプション)をあえてドラマチックに書きません。極限までシンプルに、事実だけを記している。編集においても、この「淡々と事実だけを伝える」姿勢を徹底的にリスペクトしました。お涙頂戴の演出や過度な山場を作るのではなく、学芸員の抑制の効いた語りや、遺品が放つ沈黙のパワーを、そのまま映画の呼吸として落とし込んでいます。

石橋英子氏のマルチな音響設計と、ベテランカメラマンが自ら「編集」する面白さ

―― 音楽を手がけた石橋英子さんも大きな魅力です。『ドライブ・マイ・カー』や『悪は存在しない』での音楽が記憶に新しいですが、どのような経緯でオファーされたのですか。

立川
実は2023年の広島国際映画祭で上映された『悪は存在しない』の舞台挨拶に私が行った際、濱口監督と石橋さんが登壇されていたんです。あの、どんな楽器を使っているのかもわからないような美しい音楽に完全にノックアウトされました。原爆資料館という重厚な歴史を、単純な反戦映画にしない静謐なアプローチで描くと考えた時、「石橋さんしかいない」と直感しました。

超多忙な彼女でしたが、広島の映画関係者に相談してアプローチしたところ、企画に共感し快諾いただけました。実際に広島へ足を運び、2時間以上かけて資料館を見て回られた。私からは「こういう曲を」という具体的な指示は一切せず、「この資料館で感じたものをそのまま音楽にしてください」とお任せしました。上がってきた音楽は本当にマルチで、映像の背景に静かに溶け込みつつ、時に緊張感を極限まで高めてくれる、もう一つの主役と言える存在です。

―― 編集のテンポも魅力的で、101分という時間が長く感じられません。ローカル局の制作で、これほどシネマティックな編集はどう生まれたのでしょうか。

立川
 実は本作、カメラマンの熊田(好洋)さん自身が編集を手がけています。ローカル局には専門の映画編集マンが常駐していないため、彼が「自分で撮った映像は最後まで自分で編集したい」と買って出てくれました。

カメラマン特有の視点、単なるシナリオ展開にとどまらない建物や光の捉え方、定点観測的なビジュアルの面白さが編集に活きています。私と斉藤が全体構成をコントロールしつつ、熊田さんの映像的な職人技が化学反応を起こしたことで、「単なる記録映像ではない、一本の映画としての面白さ」を感じてもらえる仕上がりになったと自負しています。

「見てしまった者」のバトンを、次の50年へ

―― 最後に、これから本作を観る方へメッセージをお願いします。

立川
 戦争や災害といった人類の悲劇の現場は、本来誰もが目を背けたいものです。けれど、それをどう後世に伝えていくか――これは広島だけでなく、世界中のあらゆる悲劇と向き合う人々に共通する問題意識です。

この映画は強いイデオロギーを主張するものではありません。ただ、物によって事実を淡々と伝え、守り続けてきた資料館の70年の歴史そのものが、何より力強いメッセージを内包しています。

被爆者の方々がやがて一人もいなくなる未来がすぐそこまで来ています。しかし、この資料館を、そしてこの映画を「見てしまった者」の義務として、何かを感じ取りバトンを繋いでくれる人が一人でも増えることを願っています。できれば向こう50年間観られ続けるような、普遍的な映画になってほしい。まずは劇場で体感していただきたいです。

[作品情報&ロードショースケジュール]

  • 作品名:『原爆資料館 語り継ぐものたち』
  • 監督:斉藤俊幸、立川直樹
  • 音楽:石橋英子(『ドライブ・マイ・カー』『悪は存在しない』)
  • 上映時間:101分(文部科学省選定)
  • 劇場情報:
  • 2026年7月18日(土)より:東京・ポレポレ東中野ロードショー
  • 2026年7月24日(金)より:広島・八丁座、イオンシネマ広島西風新都ロードショー
  • ほか全国順次公開
  • 公式HP:abombmuseum-film.com
  • 公式X:@abombmuseumfilm

 

インタビュー・文・撮影:ごとうまき