【インタビュー】俳優・高橋克実が語る、井上ひさしの「楽譜」と栗山演出の凄み、そして今この国で上演する意味

インタビュー

数々の舞台、ドラマ、映画で圧倒的な存在感を放ち続ける俳優・高橋克実。彼が22年ぶりに上演されるこまつ座の音楽劇 こまつ座第158回公演『花よりタンゴ』で、戦後の混沌とした時代を生き抜く闇成金・高山金太郎役に挑む。

東京、山形公演を終え、6月26日(金)から始まる大阪・新歌舞伎座公演へ向けて、作品への思い、今は亡き劇作家・井上ひさしとの思い出、演出家・栗山民也の熱血指導の舞台裏などを熱く、時にユーモアを交えて語ってもらった。読めば舞台が百倍深く見える、濃厚なロングインタビューをお届けする。

今、この芝居を上演する必然性

――東京、山形公演でもしっかり手応えを掴まれたかと思います。笑ってホロリとさせられる名作ですが、お客様の反応はいかがでしょうか?

高橋
手応え、ものすごくありますね。こまつ座さんのファンはもちろん、出演者のファンの皆さんなど、若い方からご年配まで幅広い年齢層にまっすぐ伝わっているという実感があります。物語の舞台は昭和22年(1947年)、戦後間もない混沌とした時代です。初演から約40年が経った今、作品を観た知り合いの多くが「これは今まさに観るべき芝居だ」と言ってくれる。僕自身も、演じながらその言葉の意味を強く感じています。

――具体的に、どのような部分が「今の日本」と重なるのでしょうか。

高橋
戦争に負けた直後から80年以上経った今、どこへ向かうべきか分からないような不安は、ベースとしてあまり変わっていないんじゃないか。文明がどれだけ進歩して便利になっても、人間や社会の根底にある問題は地続きではないかと感じています。でも、稽古場で栗山さんがおっしゃっていたのは、「今の君たちの問題は、本物の『飢え』――何も食べられないという極限状態をどう伝えるかだ」ということでした。それで栗山さんがおっしゃる「飢え」の本質をずっと考えていたのですが、稽古の休憩にはケータリングのどら焼きをパクパク食べているんですけどね(笑)。

今の時代、落ちた芋一個を奪い合うなんてあり得ない。賞味期限が切れたら食べ物を捨ててしまうような時代に生きる僕たちが、当時の人々の必死さをどこまでリアルに想像できるか。もうイマジネーションを総動員するしかありません。舞台に立つ役者全員が、その背景を背負って闘っています。

左から 南沢奈央 平体まひろ 朝海ひかる 大原櫻子 高橋克実 尾上寛之 枝元萌 朴勝哲

井上ひさしが仕掛けた「事実とフィクションの結び目」

――高橋さん演じる高山金太郎は、まさに激動の時代をバイタリティで駆け上がる男です。

高橋
栗山さんは「これはチェーホフの『桜の園』がベースにある。金太郎はロパーヒン(元農奴の新興商人)だ」とおっしゃっていました。男爵家の使用人をクビになった男が、戦後のドサクサに闇市で成り上がり、かつてのお嬢様方のダンスホールを買い取りにやってくる。そこから物語が動き出します。

井上先生のお芝居の凄さは、当時の歴史的事実を、先生ならではの強烈なフィクションで繋ぎ合わせる力にあります。劇中、金太郎の回想に「ぬくもり屋」という商売が出てくるんです。焚き火をして、凍える人からお金を取って暖を取らせる商売。周りの人間も、生きるためにあらゆるものを商売にして食いつないでいた。

この「ぬくもり屋」というエピソードも、先生の創作ではなく、当時の新聞や資料を徹底的に読み込んで見つけてきた「事実」なんです。資料の中の「これはすごい」という事実をピックアップして、一つの美しい戯曲へと紡ぎ上げていく。その圧倒的なリアリティを背負うからこそ、演出でも「生きること、食べることへの必死さを決して忘れるな」と常に求められました。

――金太郎という男には、泥臭くも憎めない不思議な魅力があります。ご自身と重なる部分や共感する部分はありますか?

高橋
物語の肝でもあるのですが、金太郎のセリフに「忘れることが得意技」という言葉が出てくるんです。戦後を生き抜いた当時の日本人は、みんなそうだったんじゃないかと思います。普通の人たちが、当時は犯罪だった「闇米(やみごめ)」に手を染めざるを得なかった。生き残るために、しんどい記憶や嫌なことをどこかで「忘れる」という浄化をしないと前へ進めなかった。犯罪者だから闇米を扱っていたわけじゃない、そうせざるを得なかった世の中のリアル。稽古場で、「きっとこの男も、こうやって必死に生きていたんだろうな」と、自分に近い感覚を手探りで見つけていきました。

左から 高橋克実 朝海ひかる

井上ひさしの脚本は「楽譜」である――演出・栗山民也との壮絶な稽古場

――栗山民也さんとはこれまでも多くの作品でご一緒されています。改めて、栗山演出の魅力を教えてください。

高橋
栗山さんの稽古場は、大学の演劇学科の学生になったような感覚になります(笑)。井上作品への理解の深さはもう研究家レベルで、だからこそ、井上先生とも深い信頼で結ばれていたのだと思います。

この『花よりタンゴ』、実は初演の後に井上先生が一度封印しようとしたそうなんです。それを栗山さんが「こんなに面白い作品をなぜやらないんですか、やりましょう!」と直談判して、1997年の再演に繋がった。栗山さんがそれだけ惚れ抜いた作品なんです。

栗山さんは言葉の解釈がとにかく深くて、「なぜこの一行にそんな意味が!?」と驚くことばかり。僕はダメ出しを台本に書き込むのですが、台本だけでは間に合わず、追加したノートが2冊目に突入してしまいました(笑)。他の役者さんへの指摘を聞いていても「あ、そういうことか!」という気づきが多くて、書き留めているとあっという間にページが埋まってしまうんです。

――そのノート2冊分の熱量が舞台に宿っているのですね。栗山さんは、井上さんの言葉をどう表現するよう指示されますか?

高橋
栗山さんが毎回おっしゃるのは、「井上ひさしの脚本は『楽譜』だ。句読点をよく読んで、なぜここで言葉が切れているのかを考えてほしい」ということです。台本を読んでいると、妙に読点が多い箇所があります。それは、相手のセリフを受けて心が揺らいだり言い淀んだりする役の感情が、そのまま句読点として楽譜のように配置されているから。すべて計算されて、役の人間味として描かれているんです。

それに加えて、細かい「手(動きの指示)」が次々とつく。さっき言われた動きがやっとできるようになったと思ったら「次はこれも加えて」と要求が重なっていく。ずっと続いていく感覚です。

僕はこれまで、井上先生の「夢シリーズ(夢の裂け目・夢の泪・夢の痂 )」三部作すべてで栗山さんの演出を受けましたが、実は、栗山さんから面と向かって褒められたことがなくて、うまくいくとニヤニヤされるか、ため息をつかれるか(笑)。でも、その高い壁を必死に目指して、言われたことを自分の身体に編み込んでいく作業が、役者としてたまらなく幸せなんです。

――井上先生の「言葉」に対する姿勢をどのように感じていましたか?

高橋
徹底的に言葉を探す天才だと思っています。僕が初めて先生の新作(『夢の裂け目』)に出た時、最初は台本がなくて、ようやく届いた台本の最初の一行が「所は東京、鳥越――」というセリフ。のちに先生から「この『鳥越』という言葉を見つけるのに3日かかった」と聞いて、ひっくり返りそうになりました(笑)。でも、それだけこだわり抜いた言葉だからこそ、パッと耳に残って一生忘れられないんです。

今回の『花よりタンゴ』でも、今ではあまり使われなくなった美しい日本語や接続詞の妙が随所に散りばめられています。「月杖(つきずえ/月末のこと)」という、実家が商店を営んでいたのでかすかに聞き覚えのある言葉が出てきたり、わずか一行のセリフの間に信じられないほど豊かな種類の接続詞が使われていたり。何十万、何百万という言葉の海の中から、一番美しい順番を命がけで探されていたんだなと思います。

左から 高橋克実 朝海ひかる 平体まひろ 南沢奈央 大原櫻子

なぜ『花よりタンゴ』なのか。劇中に込められた究極の願い

――本作は音楽劇として、生のピアノが奏でるタンゴのリズムに乗せて物語が進みます。このタイトルに込められた意味も、栗山さんからお聞きになったそうですね。

高橋
そうなんです。劇中ずっとタンゴが流れ、最後にはダンスもあります。栗山さんが「タンゴとは、男女が情熱的にお互いを求め合って踊るもの。この世界全体がタンゴを踊る男女のように愛し合えたら、戦争も起きない。井上先生はその願いを込めてこのタイトルにされたんだ」と教えてくださいました。「花より団子」の洒落では決してない、究極の平和への願いが込められているんです。

劇中には直接的なメッセージや説教めいた台詞は出てきません。それにも関わらず、生のピアノ、素晴らしい歌声、泥臭く生きる庶民の姿を観終わった後、客席の皆さんの胸には言葉以上の大切なものが必ず残る。そこが井上戯曲の素晴らしさだと思っています。

――最後に、大阪公演を楽しみにされている皆様へメッセージをお願いします。

高橋
この『花よりタンゴ』は、間違いなく「今、この令和の時代に観るべきお芝居」です。劇場を出る時、皆さんの心に温かい灯りがともり、明日からの景色が少し変わって見えるはずです。生のピアノと胸に響く歌声、そして可笑しくて切ない昭和の庶民たちの生きる力を、ぜひ劇場で体感してください。新歌舞伎座でお待ちしております。ぜひ、観に来てください!

【公演情報】

こまつ座第158回公演『花よりタンゴ』大阪公演

日時:2026年6月26日(金)~6月28日(日)

会場:新歌舞伎座(大阪)

作:井上ひさし

演出:栗山民也

出演:高橋克実、朝海ひかる、南沢奈央、大原櫻子、平体まひろ ほか

公式サイト:https://www.shinkabukiza.co.jp/perf_info/20260626.html

撮影(舞台写真):福岡諒祠

取材・文:ごとうまき