【体験レポート】坂本龍一を、100年後の人にも。MR作品「KAGAMI+」が大阪で刻む、演奏という記録

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ヘッドセットを装着すると、目の前に――ピアノを弾く坂本龍一が現れる。

6月27日からグラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク VS. にて上演中の《KAGAMI》は、坂本龍一が晩年の4年間をかけて作り上げたプロジェクトだ。手がけたTin Drumのディレクター、トッド・エッカート氏は「これを追悼の作品にはしたくなかった」と繰り返し語る。目指したのは、悲しみを呼び起こすことではなく、坂本の演奏を”記録”として未来に残すことだったという。
その特別内覧会に、記者として立ち会ってきた。

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

「KAGAMI」とは何か

《KAGAMI》は、坂本龍一のピアノ演奏を三次元的に捉え、複合現実(MR)の空間に再び立ち上げる作品だ。
手がけたのは、坂本氏自身と、ニューヨークを拠点とするクリエイティブプロダクション「Tin Drum」。エッカート氏が坂本氏に企画を持ちかけたのは2019年のこと。坂本氏のロサンゼルス公演の後だった。当時、それが結果的に坂本氏にとって生涯最後の公開コンサートの一つになった。

Photo by Rachel Louise Brown

選曲に込めた対話

映像面はすべてエッカート氏に一任した坂本氏だったが、選曲だけは深く話し合ったという。誰もが知る代表曲が並ぶ一方、あえて選ばれた曲もある。
中でも最後に置かれた「BB」は特別な一曲だ。坂本の盟友であり、映画音楽で数々の名作を共にした監督ベルナルド・ベルトルッチの葬儀でのみ演奏され、家族と親族しか耳にしたことのなかった曲だという。これをラストに据えることは、坂本氏とエッカート氏、二人の合意だった。

パンデミックの中の3日間

撮影は2020年12月、わずか3日間で行われた。世界的な感染拡大のさなかでの収録は困難を極め、すべてのデータが揃うまでにさらに5ヶ月を要したという。グランドピアノならではの質感を再現するため、実際の演奏データとキーボード演奏を組み合わせて作り直す作業も、大きな苦労のひとつだったそうだ。

「これは追悼ではない」

エッカート氏がくり返し語ったのは、この作品を悲しみのための場にはしたくなかったという思いだ。
「亡くなった人を利用する方法を探しているのではない」と彼は明言する。目指したのは、坂本を知らない世代――20年後、50年後、100年後に生まれてくる人たち――が、彼の存在すら知らないままこの部屋に足を踏み入れ、そのエネルギーやパフォーマンスをまっすぐに体感できるようにすることだったという。
過去の演奏を保存し、未来へつなぐ。その意味で《KAGAMI》は、坂本龍一という音楽家の”記録”そのものなのだ。

6つのエリアで構成

VS.の会場内は、以下の6つのエリアで構成されている。

① KAGAMI: INDUCTION

本編に入る前の導入エリア。映像や写真、テキストが展示され、坂本龍一自身がブレンドした香りとともに、これから始まる体験への感覚を静かにひらいていく。

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

② KAGAMI: RED – COMPLETE

REDチケットで鑑賞する、約60分のフル・バージョン。特殊なヘッドセットを通して、象徴的なグランドピアノに向かう坂本氏の姿が、幻想的な3Dビジュアルとともに目の前に立ち上がる。

主な収録曲(RED SHOW SONGS):
• Before Long
• Aoneko no Torso
• Aqua
• Energy Flow
• Merry Christmas, Mr. Lawrence
• The Seed and the Sower
• BB ほか

海外公演の一部

③ KAGAMI: BLUE – ESSENCE

BLUEチケットで鑑賞する、約30分の体験版。代表曲を中心に5曲程度に絞った特別版となっている。

主な収録曲(BLUE SHOW SONGS):
• Aqua
• MUJI2020
• Merry Christmas, Mr. Lawrence ほか

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 《KAGAMI: BLUE – ESSENCE》 ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW  撮影:浅野豪

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 《KAGAMI: BLUE – ESSENCE》 ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW  撮影:浅野豪

④ 坂本龍一+高谷史郎《TIME, TIME》

2021年、ホランド・フェスティバル(アムステルダム)で初演されたシアターピース『TIME』を基に、本展のために新たに制作されたインスタレーション。夏目漱石『夢十夜』、能『邯鄲』、荘子『胡蝶の夢』などから着想を得て、一瞬と永遠、眠りと100年の歳月が交錯する、時間の概念そのものを問い直す作品だ。宮田まゆみが笙を奏でる新撮映像と、田中泯の映像が3画面で構成され、坂本の音楽がそれらを自在に往還する。

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
坂本龍一 + 高谷史郎《TIME, TIME》2024年 ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 
撮影:浅野豪

⑤ Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026 – D

坂本龍一の過去の演奏データを、彼が長く向き合ってきたグランドピアノで再生する特別なプログラム。2025年に同会場VS.で開催された「sakamotocommon OSAKA 1970/2025」で反響を呼んだ企画の発展版で、2026年版では晩年の演奏データも新たに加えられている。
Set list(一部): Aubade 2020/Perspective/Put Your Hands Up/Reversing/Dear Liz/Seven Samurai ほか

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026 – D ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

⑥ Ryuichi Sakamoto: Musics – Open Reel Listening Room

坂本龍一のオリジナルアルバムを、貴重なマスターオープンリールで再生する初の試み。オープンリール再生は、録音当時の音質やダイナミクスを最も忠実に引き出す手法であり、原音に近い形で作品を確認できる、アーカイブ上も貴重な機会となっている。

再生予定作品(一部): 『音楽図鑑』/『CHASM』/『out of noise』(2024リマスタリング)/『async』/『12』 ほか

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
Ryuichi Sakamoto Musics – open reel listening room ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

会場案内

会場:VS.(グラングリーン大阪内) 〒530-0011 大阪市北区大深町6-86 グラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク VS. (JR大阪駅より徒歩約7分)
会期:2026年6月27日(土)~10月12日(月・祝) 開館時間:10:00~20:00(日時指定制) 休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)
チケット
RED TICKET BLUE TICKET
内容 KAGAMI(約60分) KAGAMI体験版(約30分)
価格 15,000円(税込) 一般4,500円/学割2,500円(税込)
こんな人に じっくり没入したい人 初めて坂本作品に触れる人
特典 坂本自身の語りを収録した7インチアナログレコード付き ―

いずれのチケットでも、①〜⑥すべての展示エリアを自由に鑑賞できる。

公式サイト:https://sakamoto-kagami.com/

記者、体験レポート

プレス内覧会ではエッカート氏が囲み取材に応じた。

日本初上陸、なぜ大阪なのか。エッカート氏は、安藤忠雄氏が手がけたVS.の空間を見た瞬間、「ここでならできる」と確信したという。
これまでの《KAGAMI》は、会場の空間そのものに手を加えることができなかった。だが今回は、安藤忠雄 建築特有のコンクリートやラフな質感を持つ空間に直接触れる形で作品を作り込むことができた。その手応えを、エッカート氏は何度も口にしていた。加えて、十分な準備期間を確保できたことや、現地スタッフの協力体制も、大阪開催が実現した理由だという。

囲み取材に応じるTodd Eckert 氏

事前に情報を入れすぎず、まず体験してほしい

静謐で、けれど強く揺さぶられる体験だった。

REDエリアの椅子に腰かけて見つめれば、一見、ごく普通のコンサート空間に見える。だが実際には、会場内を自由に歩き回り、ヘッドセットに映し出されるピアノの周りを360度巡ることができる。
普通のコンサートでは決して味わえない、半径1メートル以内に坂本氏がいるという感覚。息づかい、髪の揺れ、指先の細やかな動きとその呼応までもが、すぐ側で感じられた。幻想的でありながら情緒的、エモーショナルでいて、どこか近未来的な体験だった。

内覧会後の質疑応答で、エッカート氏はこう語っていた。 「ここにいない人と一緒にいる、という感覚。それこそが、この作品を通じて伝えたかった本質だ」
その言葉に、私は深く頷かされた。けれど同時に、彼の思いとはまた少し違う感情も、胸の中に湧き上がっていた。

とにかく、この展覧会は、事前に情報を入れすぎず、まず体験してほしい。体験することで、すべてが腑に落ちる。MRという技術への向き合い方も、自分自身の死生観のようなものも、この体験を通して、否応なく浮き彫りになるはずだ。
坂本龍一という名前を知らない若い世代にも、彼の音楽は知っていても実際の演奏に触れたことのない人にも――この作品は、あらためて彼の魅力に出会う機会となるだろう。

見る人によって、あなたの中の“何か”は、きっと変わるはずだ。

取材・文:ごとうまき

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