【インタビュー】地元・東大阪に響く音。ピアニスト・橋本健太郎が関西フィルと挑む、真夏の「ラプソディ・イン・ブルー」

インタビュー

2026年8月29日(土)、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールにて「関西フィルハーモニー管弦楽団 東大阪特別演奏会」が開催される。

ソリストを務めるのは東大阪市出身のピアニスト・橋本健太郎。映画『ピアノの森』で雨宮修平役の吹き替え演奏を担当し、パリでの5年間の研鑽を経て、現在は国内外で活躍を見せている。

幼少期の思い出からパリ留学での音楽的開眼、そして初共演となるマエストロ・藤岡幸夫や関西フィルへの期待まで、地元での大舞台を控えた橋本氏にたっぷりと話を聞いた。

“生まれ変わった場所”で迎える、初めての大ホールでの演奏

――地元・東大阪市の文化創造館大ホールでの演奏、特別な想いもあるのでは。

橋本
本当に嬉しいですね。この文化創造館は2019年開館ですが、ちょうどその年から私はパリに留学していて。地元に素晴らしいホールができたと風の便りに聞いていましたが、演奏する機会がないまま2024年夏に帰国し、まずは小ホールの響きを体感しました。今回の「Dream House 大ホール」に立つのは初めて。地元を代表するこのホールで弾かせていただけることに、大きな喜びと責任を感じています。

――このホールが立つ場所自体に、不思議なご縁があるのだとか。

橋本
そうなんです。文化創造館が建つ前、ここには「東大阪市立中央病院」がありました。私は幼稚園の頃、扁桃腺炎による高熱に喘息も重なり、その病院に入院したことがあって。自分が幼い頃お世話になった病院の跡地が音楽の殿堂に生まれ変わり、そこでソリストとしてピアノを弾く。運命的な縁を感じずにはいられません。

耳コピで楽譜を書き起こした中学時代、『ピアノの森』での転機

――中学まで東大阪、高校から東京(桐朋女子高等学校音楽科)へ進学されました。音楽家としてのルーツとなる思い出は?

橋本
ピアノを始めたのは5歳の頃。振り返ると、いつも身近に音楽が溶け込んでいたように思います。小学校の頃、朝の登校時間に放送部が毎朝メンデルスゾーンの『無言歌』の一曲「春の歌」を流していて、私が校門をくぐる瞬間に必ずその曲が鳴っていました。曲名も知りませんでしたが、あの美しいメロディが朝の光とともに耳に馴染んでいた感覚は、今も鮮明に覚えています。音楽室で授業の合間にピアノを弾いていると、クラスメイトが集まって「すごい!」と喜んでくれた。自分の演奏で誰かが笑顔になる――その原体験は、間違いなくあの音楽室にありました。中学の文化発表会で合唱の伴奏をしたとき、先生が 「どうしてもこの曲を歌いたい」とジュディ・オングさんの歌う『生命の話をしよう』のCDを持ってきたのですが、合唱用の楽譜が見つからなくて。そこで中学2年生のとき、 耳コピで全部譜面に書き起こしたんです(笑)。

――中学生で耳コピの全パート書き起こしとは……!

橋本
若さゆえの勢いですね(笑)。楽譜は手元にないと思っていたのですが、最近、実家の押し入れから出てきました。今思えば贅沢な経験でした。

――その中学時代(14歳)、アニメ映画『ピアノの森』で雨宮修平役のピアノ吹替を担当されました。

橋本
これもご縁で、師事していた先生を通じてお話をいただきました。原作の漫画を愛読していたので興奮しましたね。修平は秀才で冷静沈着なキャラクター。中学生なりに「どう表現すれば修平の音になるか」と考えつつ、とにかく自分ができる限りのベストな演奏をしようと鍵盤に向き合っていました。これが「もっと本格的にピアノを極めたい」と、決意する転機になりました。

パリでの5年間――「1からの再出発」と日常に溶け込む音楽

――2019年からフランス・パリのスコラ・カントルム音楽院へ留学。パリでの5年間は現在のスタイルにどう影響を与えましたか。

橋本
日本で師事していた上田晴子先生の師にあたる、テオドール・パラスキヴェスコ先生のクラスに入りました。これまでの自分のピアノを1から全部やり直すくらいの、衝撃的なレッスンでした。楽譜を極限まで読み込み、音をどう配置し、どう響かせるか――音楽を構築するプロセスを徹底的に指導していただき、あの緻密な時間は今でも私の財産です。

――現地では本場のコンサートにも数多く足を運ばれたそうですね。

橋本
はい。ヨーロッパは日本に比べてチケット代が安く、気軽に足を運べるのが魅力で、ピアノソロからオーケストラ、室内楽、オペラまで浴びるように聴きました。パリ近郊の教会でリサイタルをした時、何のゆかりもない土地なのに、本番を迎えると教会が地元の聴衆で満席になっていました。私の名前も知らない近所の方々が散歩がてらふらりと聴きに来てくださる。クラシック音楽が生活のすぐ隣に自然と根付いている空気感に触れられたのは、非常に新鮮な体験でした。

理想と現実の狭間で。ピアノの枠を超えて広がる視野

――順風満帆に映りますが、挫折や今も抱える葛藤はありますか。

橋本
もちろん、コンクールで悔しい思いをしたことは数え切れません。そして今も続く最大の葛藤は、「頭の中にある理想の音楽」と「実際に指先から紡ぎ出す音」のギャップです。本番の極限状態でそれを100%具現化することの難しさ――これは幼少期から今に至るまで、ずっと試行錯誤の中にいます。

――その理想に近づくため、ピアノ以外の学びにも積極的だと伺いました。

橋本
学生時代、恩師から「ピアノだけをやっていると視野が狭くなる」とアドバイスをいただき、指揮や作曲、分析なども並行して勉強しました。最近は2025年にピアノ三重奏を結成し、室内楽にも力を入れています。他の楽器と対話することで、一人で楽譜に向き合っていた時とは全く違う角度から作品が見えてきます。公演のプログラムノートを自分で執筆し始めたことも、作曲家や作品の歴史的背景への理解を深める機会になっています。

――ご自身の演奏を通して届けたいもの、ピアニストとしてのモットーを教えてください。

橋本
「私の演奏を通して、出会った人の心に何かほんの少しでも変化が生まれたらいいな」ということです。私自身、生演奏を聴いて心に強烈な衝撃を受けた体験が何度もあります。それは録音ではなく、その場で生きた音が空気を震わせて伝わってきたからこその感動でした。クラシックは堅苦しそうと思っていた方が「聴いてみたら楽しかった」と感じてくださったり、「知らない曲だけど良い曲だな」と思ってくださったり。どんな小さな変化でも構いません。お客様の中に新しい風が吹いたなら、私がステージで演奏した意味があったのだと思います。

夢のような瞬間をもう一度。藤岡幸夫×関西フィルと描く「光と影」

――今回挑むのは、ガーシュウィンの名曲『ラプソディ・イン・ブルー』です。

橋本
実は幼少期から大好きで、いつか演奏したいと憧れてきた曲ですが、この曲をオーケストラと共演するのは今回が初めてなんです。

――意外です!

橋本
留学中、パリでウェイン・マーシャルさんが弾き振りでこの曲を演奏するのを聴く機会があり、まるで美しい夢の中にいるような恍惚感に満ちた演奏で、今でも忘れられません。今回、自分がソリストとしてこの曲をオーケストラと奏でられることが本当に楽しみです。

――指揮や作曲の勉強が、オーケストラとの対話に活きそうですね。

橋本
そうですね。スコアを立体的に捉え、「ここでホルンがこう動くから、自分のピアノはこう乗せていこう」というアプローチができるのは、これまでの学びのおかげです。1920年代半ば、激動のニューヨークで生まれたこの曲は、クラシックの伝統的な形式とジャズのスリリングな即興性が融合した傑作。当時の都市が内包していた華やかさと、その裏にある哀愁――「光と影」が交錯するドラマティックな世界観を、音の色彩で表現したいと思っています。

――指揮を務めるのは関西フィルの総監督・首席指揮者、藤岡幸夫さん。初共演となります。

橋本
先日の取材会でお話ししたほか、藤岡さんが指揮された東京での演奏会にも足を運び、サイン会にも並んで一足先にご挨拶させていただきました(笑)。客席から拝見していても全身からエネルギーが満ち溢れていて、圧倒的な推進力でオーケストラを牽引していくマエストロだと感じました。それでいてお話しすると非常に気さくで温かい方で。取材会の際には、「弾き終わった後のトークコーナーで、いっぱいいじるからね!」と冗談交じりに予告していただきました。どんなお話になるのか、少し緊張しつつも楽しみにしています(笑)。

――関西フィルの印象はいかがですか。

橋本
藤岡マエストロも「若い才能あふれるプレイヤーがたくさん入っている素晴らしいオーケストラ」とおっしゃっていました。素晴らしい関西フィルのゴージャスなサウンドに自分のピアノの音をどうブレンドできるか、マエストロの胸を借りるつもりで楽しみたいと思います。

 地元の若い世代、そして応援してくれるすべての人へ

――オープニングには大阪府立夕陽丘高等学校音楽科の皆さんによる100名規模の合唱(オラ・イェイロ:サンライズ・ミサ)が予定され、過去最大規模の出演者数となります。橋本さんご自身の高校時代とも重なる部分があるのでは。

橋本
うらやましい、の一言に尽きますね。高校生という多感な時期に、これほど素晴らしいホールでプロのオーケストラと同じステージに立てるなんて。私も高校時代、合唱コンクールで自分のクラスの自由曲を指揮することになり、皆にベストな曲を提案するため毎日図書館に通ってCDを50枚以上聴き比べた思い出があります(笑)。あの熱い日々の記憶は、今でも私の根底にあります。夕陽丘高校の皆さんにとっても、この大ホールで浴びる拍手やオーケストラの響きは一生モノの記憶になるはずです。同じステージの空気を共有できることを、心から光栄に思います。

――若い音楽家たちへメッセージを。

橋本
東大阪は吹奏楽なども非常に盛んだと伺っています。「音楽が好き」という純粋な気持ちを持ち続けてほしい。諦めずに、自分の可能性を狭めずに、いろいろな演奏会に足を運び、様々なジャンルの曲に触れて、広い世界を見てほしいなと思います。

――最後に、演奏会を心待ちにされているお客様へ。

橋本
地元・東大阪ということで、同級生や家族、幼い頃から応援し支えてくださった多くの方々が会場に駆けつけてくださる予定です。私にとってこれ以上ない特別な一日になることは間違いありません。ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』が持つ、身体が動き出すような躍動感と、胸が締め付けられるようなエモーション。その両方を、生演奏ならではの空気の振動とともに全身で感じていただきたいです。クラシックに馴染みのない方も、どうぞ肩の力を抜いてお越しください。劇場でお待ちしております!

【公演情報】 関西フィルハーモニー管弦楽団 東大阪特別演奏会

  • 日時:2026年8月29日(土) 15:00開演(14:00開場)
  • 会場:東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
  • 出演:指揮・お話/藤岡幸夫、ピアノ(ソリスト)/橋本健太郎、合唱/大阪府立夕陽丘高等学校音楽科、管弦楽/関西フィルハーモニー管弦楽団
  • プログラム:オラ・イェイロ:サンライズ・ミサ(抜粋)/ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー/ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
  • 詳細情報:https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/12896

インタビュー・文・撮影:ごとうまき