市村正親が語る『エノケン』53年の集大成で挑む喜劇王の人生

インタビュー

2025年11月1日(土)から9日(日)まで、COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールにて、音楽劇『エノケン』が上演される。作・又吉直樹、演出・シライケンタによるこの舞台は、昭和の喜劇王・榎本健一(エノケン)を主人公に据え、その激しくも人間味あふれる人生を描く。エノケンを演じるのは、俳優生活53年目を迎える市村正親。ミュージカルやストレートプレイで観客を魅了し続けてきた彼が、初めて実在の歴史的人物を演じる本作への思いを語った。子どもの頃にエノケンのCMや映画に触れ、喜劇の魅力に引き込まれたという市村が、又吉直樹の繊細な脚本とシライケンタの演出のもと、どのようにエノケンを体現するのか。本インタビューでは、彼の情熱と作品への思いを探っていく。

エノケンとの出会いとオファーへの思い

── 榎本健一さんという偉大な喜劇俳優を演じるとオファーを受けたとき、どのようなお気持ちでしたか?

市村

子どもの頃、エノケンのCMが流れていたんですよ。「ホホイのホイ~ともう一杯、渡辺のジュースの素です、もう一杯♪」ってね。あのフレーズが頭に残ってる。映画でもエノケンのコミカルな姿を見て、喜劇の楽しさを知りました。でも、自分がエノケンを演じるなんて想像もしていなかった。ミュージカルやシェイクスピア、現代劇はやってきたけれど、こういう歴史上の人物、それも日本中で知られた喜劇王を演じるのは初めて。とてもやりがいのある役ですよ。53年間、舞台でコツコツやってきたからこそ、このオファーが来たのかなって。自分を褒めてやりたいですね(笑)。エノケンの喜劇って、ただ笑わせようとするんじゃなくて、一生懸命生きる姿そのものがおかしいんです。笑いって、表面的なものじゃなく、深いところから滲み出るもの。彼の人生を通して、喜劇とは何かを学びたいし、観客の皆さんにもその奥深さを感じてほしいと思います。

──又吉直樹さんの新作脚本とシライケンタさんの演出について、プロットを読んだ際の印象はいかがでしたか?

市村

シライさんとは今回が初仕事なので、彼の演出についてはまだ未知数。でも、又吉さんの作品はね、すごいんですよ。彼の小説って、太い血管じゃなくて、毛細血管みたいな細かいところに血が流れている感じ。人間の繊細な感情や葛藤を丁寧に描いているんです。プロットを読んだとき、彼の視点がエノケンの血液の中まで入っていくような気がしました。台詞がどうなるのか、今から楽しみで仕方ない。又吉さんのエッセイを読むと、彼って自分のことをちゃんと「こういう人間だ」って認めてるよね。個性的な人がエノケンのドラマをどう描くのか。きっと今まで見たことのないエノケン像になるはず。笑いも悲しみも、生きる強さも全部詰まった舞台になるんじゃないかな。

──エノケンについて調べたり、役作りをしていくなかで感じた彼との共通点はありますか?

市村

エノケンって、舞台のことばかり考えてた人らしいんですよ。僕もそんなタイプ。たとえば今、『屋根の上のバイオリン弾き』のツアー中だけど、しょっちゅう台本開いて「あそこはこうできるかな」って考えちゃう。楽屋でも芝居の話ばっかり。エノケンも、三木のり平さんや向井礼太郎さんたちと一日中芝居の話をしてたって聞いて、なんか親近感が湧いたんです。舞台人って、そういうもんですよね。パッションが似てるなって。

市村

あと、エノケンの人生って激しいんです。足を切断するような試練もあったけど、舞台に立ち続けた。昔はボコボコにされて育ったから(笑)、どこでも生きていける強さがあるんですよ。エノケンの生き様を舞台で表現できたら、観客にもそのエネルギーが伝わるはず。

喜劇の難しさと市村流の笑い

── 喜劇を演じる上で、どんなことを大切にしていますか? また、ご自身の生活での笑いの割合は?

市村

喜劇って、笑わさようとすると失敗するんですよ。エノケンも「笑いを取りに行くんじゃない」って言ってたけど、実際はめっちゃ取りに行ってる(笑)。でも、心の底では真剣に生きてるから、観客が笑うんです。そこが喜劇の難しいところ。僕も『ラ・カージュ・オ・フォール』や『屋根の上のバイオリン弾き』で笑いを取ってきたけど、いつも真剣に役を生きることを意識してます。

市村

生活での笑い? 家ではね、面白いこと言っても家族に無視されるんですよ(笑)。息子たちもママも、「はいはい」って感じ。でも、求め続けてる。へこたれない! 外では、たとえばメイクさんに「この毛、抜かないで! 育ててるんだから!」なんて言って笑いを取ったり。たわいのない笑いが人生を潤してくれるんです。舞台でも、50年生きてきた人間の笑いを届けたいな。10年20年の笑いじゃなく、深いところからくるやつを。

エノケンの人間ドラマと現代へのメッセージ

── 本作はエノケンの芸だけでなく、人間ドラマが中心になると伺いました。どんな部分に注目してほしいですか?

市村

エノケンの人生って、喜劇王の裏に壮絶なドラマがあるんです。最初の奥さんは女優さん、二人目は芸妓さんで、彼を見守り続けた人。息子さんの物語もあって、悲しい場面もある。僕も二人の息子がいるから、そこでどんな感情が湧くのか、自分でも楽しみなんです。喜劇王を演じるけど、笑いだけじゃなく、人間の喜びや悲しみ、生きる力をしっかり見せたい。今の時代、パワハラだセクハラだって騒がれるけど、エノケンの時代はそんなこと当たり前だった。僕らの世代も、ガンガン鍛えられてきたから強いんですよ。そういう「忘れられた強さ」を呼び起こしたい。現代の若い人には感じにくいかもしれないけど、エノケンの生き様を通して、突き詰めることの大切さを感じてほしいですね。

──エノケンの笑いは今の若い世代には馴染みが薄いかもしれません。彼の魅力をどう伝えたいですか?

市村

エノケンの笑いって、ショー的な華やかさがあるんですよ。CMや映画でしか知らない人も多いかもしれないけど、彼のショーは生き様そのもの。僕もエノケンの笑いのすべてが好きってわけじゃないけど、彼の真剣さが笑いを生むんです。チャップリンの初期の笑いと似てる部分もあるし、時代や作品によって変化してきた。今回の舞台では、又吉さんの脚本とシライさんの演出で、エノケンのショーをどう見せるかまだ模索中。でも、稽古着でレッスンする姿もショーだし、キラキラの衣装で踊るのもショー。エノケンの人間性を匂わせる何かを作りたい。最後の『伝令』みたいなショーをやってみたい気もするけど(笑)、それは本番のお楽しみで。とにかく、若い人にはエノケンのエネルギーと喜劇の奥深さを感じてほしいですね。

──最後に、観客の皆さんに向けて意気込みやメッセージをお願いします。

市村

俳優生活53年目にして、ついに榎本健一を演じるチャンスをいただきました。歌って、踊って、芝居して、エノケンの激しい人生を又吉さんの脚本とシライさんの演出で皆様にお届けします。この舞台は、笑いも悲しみも、人生のすべてが詰まったものになる。観終わった後、席を立てないくらいの衝撃を与えたい! ぜひ劇場で、エノケンと一緒に生きる時間を楽しんでください。

取材・文・撮影:ごとうまき