【インタビュー】「冤罪者は、死ぬまで冤罪者なんです」——21年の歳月を奪われた女性と、弁護士記者が問い直す“日本の闇”

インタビュー

2026年5月29日(金)25時15分からカンテレで放送される『ザ・ドキュメント 冤罪・甲山事件 山田悦子 半世紀の闘い』。1974年、兵庫県西宮市の施設で起きた悲劇から始まり、21年もの刑事裁判を闘い抜いた山田悦子さんの姿を追った本作は、単なる過去の事件記録ではない。制作したのは、関西テレビのディレクターであり、弁護士資格も持つ上田大輔氏。なぜ今、この事件を記録に残すべきだと思ったのか。メディアを拒絶してきた山田さんが、彼にだけ語った絶望と、本作が現代社会に突きつける課題についてお話を聞きました。

「法哲学者」のような冤罪被害者との出会い

——本作の警察の捜査、マスコミのあり方、そして今と昔の「人権意識」のコントラストが強烈で、非常に見応えがありました。まず、この事件に改めて光を当てようとした動機を教えてください。

上田
きっかけは2年前の5月でした。たまたま知人のジャーナリストに誘われた食事会に、甲山事件の山田悦子さんがいらしていたんです。事件自体は知っていましたが、山田さんは「メディア嫌い」として有名で、当時の記憶も風化しつつありました。正直、気難しい方だろうなと身構えてお会いしたのですが、実際の彼女は驚くほどチャーミングで。冤罪被害者というより、まるで「法哲学者」のような深みを持った方でした。

—— 法哲学者ですか。

上田
ええ。笑いの絶えない会合だったのですが、会話の合間に彼女が口にする「法とは何か」「正義とは」という言葉が、本質を突いていてドキリとしました。そこから改めて事件を調べ直すと、自白の強要、裁判の長期化、そして専門家の鑑定に安易に乗ってしまう裁判所の構造……。これは決して過去の話ではなく、私がこれまで取材してきた現代の冤罪事件(SBS=乳幼児揺さぶられ症候群)と全く同じ「刑事司法の問題の縮図」だと痛感したんです。

「司法への絶望」が繋いだ信頼関係

——山田さんは、無罪確定後も取材を拒否し続けてこられました。なぜ今回、上田さんの取材に応じられたのでしょうか。

上田
最初にお会いした後、お手紙を書きました。「甲山事件と山田さんから学びたい」という思いと共に、私が過去に制作した逆転無罪を連発した元裁判官を追ったドキュメンタリーのDVDを添えたんです。後日、山田さんから返ってきた言葉が忘れられません。「あなたは司法に絶望している。それが番組から伝わりました。日本の刑事司法は、絶望することから始めないと理解できません。その覚悟があるなら、あなたの取材を受けましょう」と。

——「絶望から始める」。重い言葉ですね。

上田
多くの人は「警察が調べ、裁判官が正しく判断してくれる」と信じています。しかし、現実はそうではない。おこがましいですが、山田さんと私は、その「絶望の地点」で視線が合ったのだろうと思います。取材中、彼女が言った「冤罪者は死ぬまで冤罪者なんです」という言葉には、想像を絶する絶望の深淵を感じました。無罪を勝ち取っても、奪われた時間は戻らず、世間の目は完全に消えることはない。その痛みは、当事者にしか分からない領域です。

立ち止まれない「正義」と、メディアの罪

——番組では、当時の検察官も複数登場しています。判決後に彼らがなお「あれは有罪だ」と確信している様子には、正直、恐怖すら感じました。

上田
怖いですよね。そこ今回、描きたかったところです。取材した元検察官には、決して悪意はない。正義感しかなかったと思います。しかし、一度「自分は正義だ」と思い込んでしまうと、立ち止まることができない。エリートの検事がなぜと思うかもしれませんが、エリートだからこそ自身が辿り着いた見立てに自信があり、それに合わない証拠はどんどん見えなくなっていくものなのかなと思います。検察組織を動かしているのも一人一人の人間で、限界があるといいますか。

——当時のメディアの「犯人視報道」も凄まじいものでした。

上田
ひどいものですよね。住所まで載り、園児の葬儀で泣いている写真に「捜査をそらす」といった見出しが躍る。今はそこまで露骨ではありませんが、逮捕報道が警察情報に依拠している点は今も同じ。事件報道の構造は変わっていないように思います。司法に対する世間の無関心が広がり、メディアの監視機能が弱まっていて、むしろ事態は深刻化しているかもしれません。

——今回の取材の中で、山田さんが長年大切にされてきた“ある一冊の本”が非常に印象的に登場します。

上田
イェーリングの『権利のための闘争』。150年前に書かれた法学の有名な古典ですが、山田さんがこれほどまでに読み込んでいたことに驚きました。私自身、大学院などで法学を学んできた身ですから、もちろん有名な本として知っていましたし、以前読んだこともありました。しかし、山田さんと出会って改めて読んだ時に「自分は今まで何も理解していなかった」と衝撃を受けたんです。

知識として「知っている」ことと、自分の人生に引き寄せて「血肉にする」ことは、全く別次元の話だと思い知らされたんです。彼女はこの本に書かれた言葉を杖にして、司法権を相手にしたという孤独な闘いを生き抜いてきた。もしこの裁判がひとつの巨大な「歴史の脚本」だとするならば、彼女はその舞台の上で、150年前の哲学を自らの生き様で体現し、い続けていた。その凄み、執念には、感動という言葉を超えた、震えるような心を動かされる経験をしました。

50年前の事件が、現代の私たちに突きつけるもの

——今回、改めて作品を完成させて、冤罪や取材に対する思いに変化はありましたか?

上田
最初は刑事司法とメディアの問題を考えてもらいたいと思って始めた取材でした。しかし、取材を進めるうちに、子どもや障がい者の「人権」についても深く考えさせられることになりました。彼らに対する社会の偏見が、裁判の行方を左右した事件でもありました。この事件は、いわば「人間社会の縮図」なんです。

——50年以上前の事件が、今を生きる私たちに繋がっていると。

上田
そうです。50年前の出来事ですが、そこで露呈した課題は、今の時代にそのまま直結しています。一人の女性の人生を2年もの間、国家権力が総力を挙げて「犯人」にしようとした異常さ。そして、たまたま運良く良い裁判官に出会わなければ、今も彼女は再審請求をして闘っていたかもしれないという恐ろしさ。これは今の日本の司法制度と地続きの問題です。

——最後に、視聴者の方へメッセージをお願いします。

上田
この作品を通じて、ぜひ「日本社会」というものを考えていただきたい。司法の闇、メディアの在り方、そして人間が抱える偏見。どの切り口でも構いません。山田さんは、今も苦しむ人々の闇を照らすために、自らの人生を語ってくださいました。彼女の歩んだ道を見つめることは、私たちがどのような社会に生きたいかを問い直すこと。その重みを、ぜひ受け取ってください。

公式サイト:ザ・ドキュメント | 関西テレビ放送 カンテレ

インタビュー・文・撮影:ごとうまき