【松前ひろ子インタビュー】弟子・三山ひろしが贈った「魂のラブレター」と、病を乗り越えた師弟の絆

インタビュー

デビュー55周年という大きな節目を終え、2026年4月22日、演歌界の至宝・松前ひろ子さんが待望の両A面シングル『片恋文(かたこいぶみ)』『ひろ子抄(しょう)』をリリースしました。今作の作詞・作曲を手掛けたのは、愛弟子である三山ひろしさん(ペンネーム:中村心一)。

師匠を想い、亡き師匠への愛を綴ったこの作品には、単なる「師弟」の関係を超えた、深い家族の愛が流れていました。退院直後、晴れやかな表情で語ってくださった松前ひろ子さんの「いま」をお伝えします。

驚きのサプライズ。「中村心一」という名に込められた覚悟

――今作は、愛弟子の三山ひろしさんが「中村心一(なかむらしんいち)」として初めてプロデュースされた作品ですね。最初に聞かれた時はどのようなお気持ちでしたか?

松前
実はね、彼が作詞・作曲の勉強をしていたことも、ペンネームを付けていたことも、私は全く知らされていなかったんです。55周年の記念コンサートで全国を一緒に回っていた際、ギリギリになって「先生に歌ってもらいたい曲があるんです」と差し出されたのが『片恋文』でした。

――三山さんからのサプライズだったのですね。

松前
驚きました。すぐに音源を聴かせてもらって、「いつの間にこんな勉強をしていたの?」と。中村心一という名前の由来を尋ねたら、「中村(亡き夫・中村典正氏の姓)の苗字をいただき、心一は『心一つ』です。僕は誰にも言わず、このままついていきたいんです」と言ってくれて……。驚きと嬉しさ、感激が入り混じって、胸がいっぱいになりました。

亡き夫へ届かないラブレター。南アフリカ「喜望峰」への想い

――『片恋文』は、亡くなられた中村典正先生へ宛てたお手紙のような、温かいメジャー調の楽曲です。三山さんは、先生がお墓参りで手を合わせる姿を見て、この詩を書かれたそうですね。

松前
彼は家も近所ですし、休みの日も私を一人にさせまいと、家族のように食事など計画を立てて誘ってくれるんです。19年も一緒にいれば、私の背中を見て、心の中で夫に何を語りかけているかを感じ取ってくれたのでしょう。まさに届かないラブレターですよね。

――アフリカの楽器を使用されていますね。

松前
主人が生前、「一度でいいから喜望峰に行ってみたい」と子どもたちにも話していたんです。結局叶わぬまま旅立ちましたが、それを彼が覚えていてくれて。「せめて歌の中だけでも連れて行ってあげたい」と、現地の楽器をモチーフにした編曲までこだわってくれました。歌う際、私は自然と上(空)を見上げて歌っています。主人がそこにいるような、そんな気がするんです。

「ひろ子抄」に込められた、母としての生き様

――もう一曲の『ひろ子抄』は、松前先生の代表曲のタイトルが歌詞に散りばめられた、まさに「人生の抄本」のような一曲です。

松前
これは私から「母をテーマにしてほしい」とリクエストしました。私にとっての母、そして彼にとって母の代わりでもある私……。私の歩んできた道や強さを、彼なりの視点で描いてくれました。三山からはこれまで「お母さんと呼ばれたことはありませんが(笑)。」

――歌詞には『母ざくら』『祝いしぐれ』『あなたとならば』『浮き草』といった松前さんの曲名が入っていますね。

松前
『あなたとならば』は星野哲郎先生が書いてくださった大切な曲。三山は本当に勉強家で、私の歴史を丸ごと受け止めてくれています。今でも私の車の乗り降りを、杖をつく私を、自然体で支えてくれる。上辺だけではない、真心を持った子に育ってくれたことが私の誇りです。

継承される「女の心意気」。ミイガンプロダクションは一つの家族

――松前先生の事務所(ミイガンプロダクション)には、三山さんの他にも小山雄大さん、平山花羽さんなど、期待の新星がいらっしゃいます。

松前
会社というより、ここは家族なんです。私はいつも言います。「自分が一番じゃない、スタッフがいて自分があるんだよ」と。歌が上手いのは当たり前。そこにプラスアルファの人間性があって初めて、お客様に届くんです。

松前
平山のMV撮影で彼女の地元に行った際、お母様や地域の方々が50人も集まって大歓迎してくれたんです。看板には「松前先生ありがとう」と書いてあって……。その温かさに心を打たれました。ありのままの姿で、親孝行のために頑張る。その「心意気」こそが、人の心を動かすのだと思います。

中村心一を、作曲家として世に送り出したい

――56年目のスタートを切った松前先生。これからの夢を教えてください。

松前
自分のことよりも、今は「作曲家・中村心一」を世に出してあげたい。それが私の新しい親心であり、使命だと思っています。三山くんが心を込めて作ってくれたこの2曲を、何としても世間の皆さんに知っていただきたいんです。

――三山さんとの関係も、また新しくなりましたか?

松前
今までは師匠と弟子でしたが、今は「作曲家先生と歌手」としての報告が楽しくて(笑)。彼も「どうでしたか?」と感想を嬉しそうに聞いてくれます。

―― 素晴らしい師弟関係ですね。

松前
今日初めてお話しするのですが、3月に健康診断を受けたところ、大腸がんが見つかりました。4月22日の発売日を前に、何という事だろうと……。でも、子どもたちや弟子たち、みんなが支えてくれました。手術を乗り越え、「明日退院していいですよ」と言われたのが、偶然にも発売日の4月22日だったんです。

――発売日に退院! まさに新曲が呼び寄せた奇跡ですね。

松前
退院の前日、三山くんが見舞いに来てくれて、「無理しないで」と声をかけてくれました。がんと聞いた時は「明日がない」と絶望もしましたが、今は「今日がまた一からのスタート」だと思っています。苦労も楽しみの一つに変えて、みんなと頑張っていこうと思います。

【編集後記】

インタビュー中、何度も“家族”という言葉を口にされた松前先生。三山ひろしさんとの固い絆、そして病をも吹き飛ばすエネルギーの源は、大切な人たちを想う“愛”そのものでした。中村心一氏が描く松前ひろ子の新世界、ぜひ皆さんの耳でお確かめください。

インタビュー・文・撮影:ごとうまき